・・・ 人生死処を得ること難し、正行でも重成でも主税でも、短命にして且つ生理的には不自然の死であったが、而も能く其死処を得た者と私は思う、其死や彼等の為めに悲しむよりも寧ろ賀すべき者だと思う。 四 左は言え、私は決して・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・それで彼は生理的な発作のようにくる性慾のために、夜通し興奮して寝れないことがあった。こんなことで苦しむのはばかげたことかもしれない。が、プルドーンが、そんな時屋根の上にあがり、星を眺め、気を沈め、しばらくそうしてから室に帰り眠るということを・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・けれども、いま、自身の女房の愚かではあるが、強烈のそれこそ火を吐くほどの恋の主張を、一字一字書き写しているうちに、彼は、これまで全く知らずにいた女の心理を、いや、女の生理、と言い直したほうがいいかも知れぬくらいに、なまぐさく、また可憐な一筋・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・女学校で、生理の時間にいろいろの皮膚病の病原菌を教わり、私は全身むず痒く、その虫やバクテリヤの写真の載っている教科書のペエジを、矢庭に引き破ってしまいたく思いました。そうして先生の無神経が、のろわしく、いいえ先生だって、平気で教えているので・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・ 「そうとも、生理的に、どこか陥落しているんじゃないかしらん」 と言ったものがある。 「生理的と言うよりも性質じゃないかしらん」 「いや、僕はそうは思わん。先生、若い時分、あまりにほしいままなことをしたんじゃないかと思うね」・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・これはたしかにひなと親鳥とではその生理的機能にそれだけの差があることを意味するのではないかと思われる。 鴨羽の雌雄夫婦はおしどり式にいつも互いに一メートル以内ぐらいの間隔を保って遊弋している。一方ではまた白の母鳥と十羽のひなとが別の一群・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・律動は本来時間的のものであって時間的に週期的な現象がわれわれ人間に生理的および心理的に内在する律動感に共鳴する現象である。空間的のリズムは、これから導出された第二次的のものであって、目が空間を探り歩く運動によってはじめて時間的なリズムに翻訳・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・姙娠という生理的の原因もあったかもしれなかった。 桂三郎は静かな落ち着いた青年であった。その気質にはかなり意地の強いところもあるらしく見えたが、それも相互にまだ深い親しみのない私に対する一種の見えと羞恥とから来ているものらしく思われた。・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・そして心理的にも生理的にも、次第に常識人の健康を恢復して来た。ミネルバの梟は、もはや暗い洞窟から出て、白昼を飛ぶことが出来るだろう。僕はその希望を夢に見て楽しんでいる。 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・娼妓は法律的に抵抗力を奪われているが、此場合は生理的に奪われているのだ。それに此女だって性慾の満足のためには、屍姦よりはいいのだ。何と云っても未だ体温を保っているんだからな。それに一番困ったことには、私が船員で、若いと来てるもんだから、いつ・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
出典:青空文庫