・・・元になっている蜂雀も知らないらしく一生懸命さに於てだけ俳優に忠実に、生真面目に筋を追っている。私が、友達に、「もう出ましょうか」と囁こうとした時であった。視線が、今まで見えなかった左側の群集の方に注がれると、私は、計らずそこに先刻の・・・ 宮本百合子 「茶色っぽい町」
・・・しかし、七篇をとおして流れている云うに云えない生真面目な、本気な、沈潜した作者たちの創作の情熱は、少くとも日本の、浅い文学の根が、ジャーナリズムの奔流に白々と洗いさらされている作品たちとは、まるで出発点からちがったものであることを痛感させた・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・と生真面目な様子できく。女君はまぶたがうす紅になって、艷な顔をそむけるようにして、「幾度云っても同じ事」と絶え入るように云って扇で顔をかくしてしまわれる。その様子が又なく可愛いので強いことも云えず、ぐちっぽく一つことを二度も三度・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・と云いながら、照れたような生真面目な顔をして藍子の傍へとってかえした。「どうも失礼してしまいました。どうぞ」「いいんですか」「ええ、どうぞ」 二階に、今の客が敷きのこして行った座布団が火鉢と茶器の傍にそのままある。藍子は・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・が、娘っぽい、悪戯らしい頬笑みが、細い、生真面目な唇にひろがった。――マリーナは、彼女の顔の前にまだ新聞をひろげている。 皆が飲み終る頃、二階じゅうを揺り動かして、羅紗売りのステパン・ステパノヴィッチが、巨大な、髭むしゃ顔を現わした。・・・ 宮本百合子 「街」
・・・ お清は、生真面目な顔と様子で番茶を注ぎ出した。その真面目さが、みのえを擽った。みのえは、肩揚げのある矢絣の羽織の肩に自分の顎をのせるようにして油井を見ながら、眼と唇とで笑った。油井は、ちらりとみのえの笑いを照りかえしたが、素早く口元を・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
・・・只何事をも強いて笑談に取りなす癖のおじが、珍らしく生真面目になっていただけである。 宇平が席を起って、木賃宿の縁側を降りる時、叔父は「おい、待て」と声を掛けたが、宇平の姿はもう見えなかった。しかし宇平がこれきりいなくなろうとは、叔父は思・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫