久米は官能の鋭敏な田舎者です。 書くものばかりじゃありません。実生活上の趣味でも田舎者らしい所は沢山あります。それでいて官能だけは、好い加減な都会人より遥に鋭敏に出来上っています。嘘だと思ったら、久米の作品を読んでごら・・・ 芥川竜之介 「久米正雄氏の事」
・・・ それは油気のない髪をひっつめの銀杏返しに結って、横なでの痕のある皸だらけの両頬を気持の悪い程赤く火照らせた、如何にも田舎者らしい娘だった。しかも垢じみた萌黄色の毛糸の襟巻がだらりと垂れ下った膝の上には、大きな風呂敷包みがあった。その又・・・ 芥川竜之介 「蜜柑」
・・・ふり返って見ると動物園の門に田舎者らしい老人と小僧と見えるのが立って掛札を見ている。其処へ美術学校の方から車が二台幌をかけたのが出て来たがこれもそこへ止って何か云うている様子であったがやがてまた勧工場の方へ引いて行った。自分も陳列所前の砂道・・・ 寺田寅彦 「根岸庵を訪う記」
・・・二、三人残っていた乗客はここで皆降りてしまって、その代り、汚い包をかかえた田舎者らしい四十前後の女が二人乗った。 車はオーライスとよぶ女車掌の声と共に、動き出したかと思う間もなく、また駐って、「玉の井車庫前」と呼びながら、車掌はわたくし・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・故に下等士族が教育を得てその気力を増し、心の底には常に上士を蔑視して憚るところなしといえども、その気力なるものはただ一藩内に養成したる気力にして、所謂世間見ずの田舎者なれば、他藩の例に傚てこれを実地に活用すること能わず。かつその仲間の教育な・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・見ると質朴な田舎者らしい老人夫婦や乳飲み児をかかえた母親や四つぐらいの女の子などが、しょんぼり並んで腰を掛けている。朝からそのままの姿でじっとしていたのではないかと思わせるくらい静かに。その眼には確かに大都会の烈しさに対する恐怖がチラついて・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
出典:青空文庫