・・・マドレエヌは本当の田舎の女である。そして読書に飽きたオオビュルナンの目には Balzac が小説に出る女主人公のように映ずるのである。 そこへまた他の一種の感情が作用する。それはやや高尚な感情で、自分の若かった昔の記念である。あの頃の事・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・此度は田舎祭の帰りのような心持がした。もぶり鮓の竹皮包みを手拭にてしばりたるがまさに抜け落ちんとするを平気にて提げ、大分酔がまわったという見えで千鳥足おぼつかなく、例の通り木の影を踏んで走行いて居る。左側を見渡すと限りもなく広い田の稲は黄色・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・そしてその仕事をまじめにしているともう考えることも考えることもみんなじみな、そうだ、じみというよりはやぼな所謂田舎臭いものに変ってしまう。ぼくはひがんで云うのでない。けれどもぼくが父とふたりでいろいろな仕事のことを云いながらはたらいてい・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・通ったのは、丁度田舎の盆の間であったから、田圃には全く人かげがなかった。そしてその広大な稲田の全面積は、農民の人々のよろこび、それを眺めてとおる私たちのうれしさという感じとは少しちがった、威圧するような気分を与えるのであった。 稲田は、・・・ 宮本百合子 「青田は果なし」
・・・山の手の日曜日の寂しさが、だいぶ広いこの邸の庭に、田舎の別荘めいた感じを与える。突然自動車が一台煉瓦塀の外をけたたましく過ぎて、跡は又元の寂しさに戻った。 秀麿は語を続いだ。「まあ、こうだ。君がさっきから怪物々々と云っている、その、かの・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・ 灸は指を食わえて階段の下に立っていた。田舎宿の勝手元はこの二人の客で、急に忙しそうになって来た。「三つ葉はあって?」「まア、卵がないわ。姉さん、もう卵がなくなってしまったのね。」 活気よく灸の姉たちの声がした。茶の間では銅・・・ 横光利一 「赤い着物」
・・・ところが筑紫へ赴任する前に、ある日前栽で花を見ていると、内裏を拝みに来た四国の田舎人たちが築地の外で議論するのが聞こえた。その人たちは玉王を見て、あれはらいとうの衛門の子ではないかと言って騒いでいたのである。玉王はそれを聞いて、自分が鷲にさ・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫