・・・どういう由緒から起こった行事だか私は知らない。それにもかかわらずそれを見る人の心は遠い昔に起こったある何かしらかなり深刻な事件のかすかな反響のようなものを感ずる。 そのほか「棒使い」と言って、神前で紅白の布を巻いた棒を振り回す儀式もあっ・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
・・・いつごろからだれらが規定したものか、そういう由緒来歴については自分はまだなんらの知識をも持たないのであるが、ただ自分で連句の制作に当面している場合にこれらの定座に逢着するごとに経験するいろいろな体験の内省からこれら定座の意義に関するいくらか・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
日本に、言葉の正しい由緒にしたがっての、アカデミア、アカデミズムというものが在るのだろうか。徳川幕府のアカデミアであった林氏の儒学とそのアカデミズムとは、全く幕府の権力に従属した一つの思想統制のシステムであった。幕末の、進・・・ 宮本百合子 「新しいアカデミアを」
・・・ 崇福寺は由緒も深く、建築も特別保護建造物になって居るが、私共の趣味ではよさを直感されなかった。京都の黄檗山万福寺と同様、大雄宝殿其他の建物を甃の廻廊で接続させてあるのだが、山端で平地の奥行きが不足な故か、構造の上でせせこましさがある。・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・ 崇福寺は、黄檗宗の由緒ある寺だが、荒廃し、入口の処、白い築地の崩れた間を通って行くようになっている。龍宮造りの山門を潜り石段を登ると、風化作用によって一種趣のついた石欄がある。奥に、朱塗の唐門があり、鍵の手に大雄宝殿――本堂となってい・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・ フロレンス・ナイチンゲールは一八二〇年イギリスの由緒ある上流の娘として誕生した。一八二〇年といえば日本では徳川時代の文政三年、一茶だの塙保己一だのという人が活躍した時代、イギリスは植民地インドからの富でますます豊かになりながら、一・・・ 宮本百合子 「フロレンス・ナイチンゲールの生涯」
・・・ 津崎の家では往生院を菩提所にしていたが、往生院は上のご由緒のあるお寺だというのではばかって、高琳寺を死所ときめたのである。五助が墓地にはいってみると、かねて介錯を頼んでおいた松野縫殿助が先に来て待っていた。五助は肩にかけた浅葱の嚢をお・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ただ小姓たちの言うのを聞けば、蜂谷は今度紛失した大小を平生由緒のある品だと言って、大切にしていたそうである。またその大小を甚五郎がふだんほめていたそうである。 甚五郎の行方は久しく知れずにて、とうとう蜂谷の一週忌も過ぎた。ある日甚五郎の・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
・・・素二人の女は安房国朝夷郡真門村で由緒のある内木四郎右衛門と云うものの娘で、姉のるんは宝暦二年十四歳で、市ヶ谷門外の尾張中納言宗勝の奥の軽い召使になった。それから宝暦十一年尾州家では代替があって、宗睦の世になったが、るんは続いて奉公していて、・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
・・・というごとき由緒の上に立っていた。武家の棟梁とその家人との関係が、全国的な武士階級の組織の脊梁であった。そうして初めは、彼らの武力による治安維持の努力が実際に目に見える功績であった。しかし後にはただ特権階級として、伝統の特権によって民衆の上・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫