・・・そうすれば御互の申し分も立って、至極満足だろうじゃないか。」 それでも私はまだ首を振って、容易にその申し出しに賛成しようとはしませんでした。所がその友人は、いよいよ嘲るような笑を浮べながら、私とテエブルの上の金貨とを狡るそうにじろじろ見・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・第一の盗人と第三の盗人 わたしたちも申し分はありません。王子 そうか。では取り換えて貰おう。王子はマントル、剣、長靴等を取り換えた後、また馬の上に跨りながら、森の中の路を行きかける。王子 この先に宿屋はないか?第・・・ 芥川竜之介 「三つの宝」
・・・と題した二節の論旨を読むと、正直のところ、僕は自分の申し分が奇矯に過ぎていたのを感ずる。 しかしながら僕はもう一度自分自身の心持ちを考えてみたい。僕が即今あらん限りの物を抛って、無一文の無産者たる境遇に身を置いたとしても、なお僕には非常・・・ 有島武郎 「片信」
・・・――御容子のいい、背のすらりとした、見立ての申し分のない、しかし奥様と申すには、どこか媚めかしさが過ぎております。そこは、田舎ものでも、大勢お客様をお見かけ申しておりますから、じきにくろうと衆だと存じましたのでございまして、これが柳橋の蓑吉・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・一度は村長までした人だし、まあお前の婿にして申し分のないつもりじゃ。お前はあそこへゆけばこの上ない仕合せとおれは思うのだ。それでもう家じゅう異存はなし、今はお前の挨拶一つできまるのだ。はずれの旦那はもうちゃんときまったようなつもりで帰られた・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・と、おやじは今まで辛抱していた膝ッこを延ばして、ころりと横になり、「ああ、もう、こういうところで、こうして、お花でも引いていたら申し分はないが――」「お父さんはじきあれだから困るんです。お花だけでも、先生、私の心配は絶えないんですよ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・実はね、明日あたりお前さんの方へ出向こうかと思ってたのだが……それはそれは申し分のない、金さんのお上さんに誂え向きといういい娘が見ッかったんだよ」「そいつはありがたいね、ははは、金さんに誂え向きの娘なら、飴の中のお多さんじゃねえか」・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・なお、売れても売れなくても、必ず四十円の固定給は支給する云々の条件に、申し分がなく、郵便屋がこぼすくらい照会の封書や葉書が来た。 早速丹造は返事を出して曰く、――御申込みにより、貴殿を川那子商会支店長に任命する。ついては身元保証金として・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ただこれで、第一公式なんていうことなしに、ポカポカとすましてこられるんだと申し分ないがなあ……」「たいていだいじょうぶでしょうよ。ほかに来る人ってもないんだから、このままだってかまやしませんよ。また着るとしても、ほんのお経の間だけでしょ・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・二 昨日も今日も秋の日はよく晴れて、げに小春の天気、仕事するにも、散策を試みるにも、また書を読むにも申し分ない気候である。ウォーズウォルスのいわゆる『一年の熱去り、気は水のごとくに澄み、天は鏡のごとくに磨かれ、光と陰とい・・・ 国木田独歩 「小春」
出典:青空文庫