・・・ 私は途方に晦れながら、それでもブラブラと当もなしに町を歩いた。町外れの海に臨んだ突端しに、名高い八幡宮がある。そこの高い石段を登って、有名なここの眺望にも対してみた。切立った崖の下からすぐ海峡を隔てて、青々とした向うの国を望んだ眺めは・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・僕が考えには武蔵野の詩趣を描くにはかならずこの町外れを一の題目とせねばならぬと思う。たとえば君が住まわれた渋谷の道玄坂の近傍、目黒の行人坂、また君と僕と散歩したことの多い早稲田の鬼子母神あたりの町、新宿、白金…… また武蔵野の味を知るに・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・ 此処は当時明や朝鮮や南海との公然または秘密の交通貿易の要衝で大富有の地であった泉州堺の、町外れというのでは無いが物静かなところである。 夕方から零ち出した雪が暖地には稀らしくしんしんと降って、もう宵の口では無い今もまだ断れ際にはな・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・さきの日国府津にて宿を拒まれようやくにして捜し当てたる町外れの宿に二階の絃歌を騒がしがりし夕、夕陽の中に富士足柄を望みし折の嬉しさなど思い出してはあの家こそなど見廻すうちにこゝも後になり、大磯にてはまた乗客増す。海水浴がえりの女の群の一様に・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・そこでこれから南の方にあたる倫敦の町外れ――町外れと云っても倫敦は広い、どこまで広がるか分らない――その町外れだからよほど辺鄙な処だ。そこに恰好な小奇麗な新宅があるので、そこへ引越そうという相談だ。或日亭主と神さんが出て行って我輩と妹が差し・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・ 町ではこの一ヵ月ほど前から、――町架空索道株式会社というものが新しく組織されて、町外れに、停留場とでもいうのか、索道の運転を司りながら、貨物の世話をするところを建てていた。 三里ほど山中の、至って交通の不便な部落から、切石、鉱石、・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫