・・・戯れに棒振りあげて彼の頭上に翳せば、笑うごとき面持してゆるやかに歩みを運ぶ様は主人に叱られし犬の尾振りつつ逃ぐるに似て異なり、彼はけっして媚を人にささげず。世の常の乞食見て憐れと思う心もて彼を憐れというは至らず。浮世の波に漂うて溺るる人を憐・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・すなわちわれは思想なき児童の時と異なり、今は自然を観ることを学びたり。今や人情の幽音悲調に耳を傾けたり。今や落日、大洋、清風、蒼天、人心を一貫して流動する所のものを感得したり。 かるが故にわれは今なお牧場、森林、山岳を愛す、緑地の上、窮・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・こはかれが家の庭を流れてかの街を貫くものとは異なり、遠き大川より引きし水道の類ゆえ、幅は三尺に足らねど深ければ水層多く、林を貫く辺りは一直線に走りて薄暗きかなたより現われまた薄暗き林の木陰に隠れ去るなり。村の者が野菜洗うためにとてこの流れの・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・さまざまな果実の美味は果実の種類によって性質的に異なり、同一の美味が主観の感覚によってさまざまに感じられるのではない。美味そのものの相違である。その如く「純潔な」「臆病な」「気高い」「罪深い」等の倫理的価値もそのものとして先験的に存在するの・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・もっとも、この際問題を複雑にするのは、物質分子の場合と異なり、言語の一分子は独立の存在として彷徨するのでなく、その周囲に絶えず影響を与え、自分と同一なものを発生させて行く点にある。しかし一つの分子の通過したくらいでは、おそらくその径路への影・・・ 寺田寅彦 「比較言語学における統計的研究法の可能性について」
・・・ただしその概念が人々随意に異なり普遍的でない事は争われぬ。 以上の程度までは物理学者も素人もあまり変わりはないようであるが、物理学者と素人と異なる所は普通人間にも存するこのような感覚をはなれた見方をどこまでも徹底させて行く点にある。物理・・・ 寺田寅彦 「物理学と感覚」
・・・或は男子は分家して一戸の主人となることあるゆえ女子に異なりと言わんかなれども、女子ばかり多く生れたる家にては、其内の一人を家に置き之に壻養子して本家を相続せしめ、其外の姉妹にも同様壻養子して家を分つこと世間に其例甚だ多し。左れば子に対して親・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ 右条々のごとく、上下両等の士族は、権利を異にし、骨肉の縁を異にし、貧富を異にし、教育を異にし、理財活計の趣を異にし、風俗習慣を異にする者なれば、自からまたその栄誉の所在も異なり、利害の所関も異ならざるを得ず。栄誉利害を異にすれば、また・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・その文字異なりといえども、結局平安の主義に洩れざるものなり。 また、今の我が日本にて新政府を建て、今日もっぱら社会の平安を欲して焦思苦慮する者は誰ぞや。十余年前にありては、しきりに世の多事を好み騒動を企望して余念なかりし血気の士人に非ず・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・道徳の教、はなはだ大切なりといえども、余輩の考は少しくこれに異なり。その異なる所は道徳を不用なりというには非ず。小学校に『論語』『大学』の適当せざるをいうなり。今の日本の有様にて、今の小学校はただ、下民の子供が字を学び数を知るまでの場所にて・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
出典:青空文庫