・・・「生活の異端……」といったような孤独の思いから、だんだんと悩まされて行った。そしてそれがまた幼い子供らの柔かい頭にも感蝕して行くらしい状態を、悲しい気持で傍観していねばならなかった。 永い間、十年近い間、耕吉の放埒から憂目をかけられ、そ・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・酔いが進むに連れて、ひとりで悲愴がって、この会合全体を否定してみたり、きざに異端を誇示しようと企んだり、或いは思い直して、いやいやここに列席している人たちは、みな一廉の人物なのだ、優しく謙虚な芸術家なのだ、誠実に、苦労して生きて来た人たちば・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・しかし昨今のように国粋的なものが喜ばれ注意される傾向の増進している時代では、あるいはこうした研究もそれほどに異端視されなくてもすむかもしれないと思われる。「囲碁」や「能楽」のように西洋人に先鞭をつけられないうちにだれか早く相撲の物理学や生理・・・ 寺田寅彦 「相撲」
・・・在来のいわゆる穏健な異端でない画に対して吾人が不合理を感じないのは、そこに不合理がないという証拠では毛頭ない。ただそこには何らの新しい不合理を示していないというだけである。そしてこれは間接には畢竟新しい何物をも包んでいない事を暗示するのであ・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・そういうおもしろい研究に対してもその研究題目それ自身に対していろいろの故障を申し立てる学者があると見えて、そういう「異端学者」の論文の中に、そういう故障への弁明の辞を述べ立てたのがおりおり見当たる。もちろんそういう簡単な無機的な現象の実験か・・・ 寺田寅彦 「物質群として見た動物群」
・・・象性の分析、綜合から客観的現実への総括を、あるいはその逆の作用をみずみずしく営み得るはずのプロレタリア作家ともあるものが、自分のしゃべる言葉に対する大衆的反応を刻々感得することなく、自身を「排斥された異端者」と文学的に詠嘆するに至っては、一・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・ それでさえ、当時は、やや異端であったのだから、驚く。 先生の境遇は、感情的な偏見と、名誉慾に古びた女性の集団に挾まって、その時分も、かなり晴々しくないものがあったらしく思われる。 私にとって印象の深い、一插話がある。 ・・・ 宮本百合子 「弟子の心」
・・・その理由を、国民が彼の云うことが本当なのは認めるが平然と、堂々とそれを認め、云う、そのことを異端として毛ぎらいするかと苦笑されもする。又、一層悲しき微笑の浮むことは、日本から行った者が、帰るときっと無批判に所謂英国の紳士道の盲信にかぶれ、変・・・ 宮本百合子 「無題(四)」
・・・人々に身震いをさせたのはそれが異端の神であったゆえではなくして、それが美しかったからである。偶像は礼拝せらるべき神であった限りにおいて、当然パウロの排斥を受くべきであった。しかし美のゆえに礼拝せらるべき芸術品としては、確かにパウロから不当な・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫