・・・ やがて、あの人は銀閣寺の停留所附近から疏水伝いに折れて、やっと鹿ヶ谷まで辿りつく。けれど、やはり肝心の家の門はくぐらず、せかせかと素通りしてしまう。そしてちょっと考えて、神楽坂の方へとぼとぼ……、その坂下のごみごみした小路のなかに学生・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・ 明治の政府になってから五年目に安場保和の建案を発端とし、大久保利通の内地の開発事業の一つの典型として、福島県でも猪苗代湖から疏水をこしらえて、これまでは鎌戦さのあった草地へ田を作る仕事に着手した。 さまざまの政治的変動の余波を蒙っ・・・ 宮本百合子 「村の三代」
・・・ 北海道開発に志を遂げなかった政恒は、福島県の役人になってから、猪苗代湖に疏水事業をおこし、安積郡の一部の荒野を灌漑して水田耕作を可能にする計画を立て、地方の有志にも計ってそれを実行にうつした。複雑な政党関係などがあって、祖父が一向きな・・・ 宮本百合子 「明治のランプ」
・・・家がまた新しく変ったからであるが、この第二の学校のすぐ横には疏水が流れていて、京都から登って来たり下ったりする舟が集ると、朱色の関門の扉が水を止めたり吐いたりした。このころ、この街にある聯隊の入口をめがけて旗や提灯の列が日夜激しくつめよせた・・・ 横光利一 「洋灯」
・・・ 新緑のころの京都は、実際あわただしい気分にさせられる。疎水端の柳が芽をふいたと思うと、やがて次から次へといろいろな樹が芽をふき始める。それが少しずつずれていて、また少しずつ色調を異にしている。樹の名は一々は知らないが、しかしとにかく種・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫