・・・ そこにまた短い沈黙があった。「ではどうじゃな、数馬の気質は? 疑い深いとでも思ったことはないか?」「疑い深い気質とは思いませぬ。どちらかと申せば若者らしい、何ごとも色に露わすのを恥じぬ、――その代りに多少激し易い気質だったかと思い・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・と、黒んぼは疑い深い目つきで、娘をながめながらいいました。 姉は、これを聞くと、さらにびっくりしました。「十ばかりの男の子が笛を吹いている? そして、その子供は盲目なんですか?」「それは、島でたいした評判でした。娘さんが美しいの・・・ 小川未明 「港に着いた黒んぼ」
・・・仮りに母がこの世に生きながらえていて、一回の震災の打撃に小竹の店の再興も覚束ないと聞いたなら、あの疑い深い人はまた何を言い出したかも知れない。三代と続く商家も少いとよく言われるように、今度の震災を待つまでもなく、旧いものの壊れる日が既に来て・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・その手繰出されたわたしの考えは疑い深い考えかも知れない。わたしにもよく思って見なくちゃあ分からないわ。一体お前さんはなぜあの約束の人をよしてしまったの。なぜあれからというものは内へ来なくなったの。なぜ今夜もおいでというのに、来ようと云わない・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・これだけの事実はいかなる疑い深い人でも認めないわけにはいかないだろうと思う。 これはしかし大きな事実ではあるまいか。科学の学説としてこれ以上を望む事がはたして可能であるかどうか、少なくも従来の歴史は明らかにそういう期待を否定している。・・・ 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
・・・「でも貴方なんか生活の苦労を知ったり下らない苦痛をたえなければならない様で育って来たらきっとごく疑い深いいやな人になったでしょうねえ。 篤はくるくると思い切って肥えた千世子の胸のあたりのゆるやかなふくらみを見ながら云う。・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
出典:青空文庫