・・・ Kは僕を疑うようにじっと僕の顔を眺めていた。「まあ、それはどうでも好い。……しかしXが死んで見ると、何か君は勝利者らしい心もちも起って来はしないか?」 僕はちょっと逡巡した。するとKは打ち切るように彼自身の問に返事をした。・・・ 芥川竜之介 「彼」
・・・――猶予未だ決せず、疑う所は神霊に質す。請う、皇愍を垂れて、速に吉凶を示し給え。」 そんな祭文が終ってから、道人は紫檀の小机の上へ、ぱらりと三枚の穴銭を撒いた。穴銭は一枚は文字が出たが、跡の二枚は波の方だった。道人はすぐに筆を執って、巻・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・それを私は疑うものである。私は自分自身の内部生活を反省してみるごとにこの感を深くするのを告白せざるをえない。 かかる場合私の取りうる立場は二つよりない。一つは第三階級に踏みとどまって、その生活者たるか、一つは第四階級に投じて融け込もうと・・・ 有島武郎 「想片」
・・・ また、事の疑うべきなしといえども、その怪の、ひとり風の冷き、人の暗き、遠野郷にのみ権威ありて、その威の都会に及び難きものあるもまた妙なり。山男に生捕られて、ついにその児を孕むものあり、昏迷して里に出でずと云う。かくのごときは根子立の姉・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・お繁さんの居ない事はもはや疑うべき余地はないのであった。 昨夜からの様子で冷遇は覚悟していても、さすが手持無沙汰な事夥しい、予も此年をしてこんな経験は初めてであるから、まごつかざるを得ない訳だ。漸く細君が朝飯を運んでくれたが、お鉢という・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・二葉亭の作を読んで文才を疑う者は恐らく決してなかろうと思うが、二葉亭自身は常に自己の文才を危んで神経的に文章を気に病んでいた。文章上の理想が余り高過ぎたというよりも昔の文章家気質が失せなかったので、始終文章に屈托していた。ツルゲーネフを愛読・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・それを疑うことは、怖しいことゝして来た。圧搾せられたる版図に於て、自由を求めた。恨みを述べた。そして人生というものを宿命的のものに強いて見ようとつとめた。「芸術は革命的精神に醗酵す」という宣言の下に生れた芸術とは、全く選を異にする。一つ・・・ 小川未明 「芸術は革命的精神に醗酵す」
・・・ 庄之助はまるで自分の耳を疑うかのように、キョトンとして、暫く娘の蒼白い顔を見つめながら何やらボソボソ口の中で呟いていたが、やがて何思ったか、「寿子、生国魂さんへお詣りしよう」 と言った。「パパ、ほんまか」 寿子はあわて・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・ こう言った彼の眼の光りは、やはり疑うことのできない真実な感動を私に語った。しかしとにかく彼は私にとっては、あまりに複雑で、捉えることができないのだ。「そうかもしれないね。そして君は活きたものの、どこまでも活きて行く上の風々主義者だ・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・人を疑う猜忌の眼か、それにしては光鈍し。たゞ何心なく他を眺る眼にしては甚決して気にしないで下さいな。気狂だと思って投擲って置いて下さいな、ね、後生ですから。』と泣声を振わして言いますから、『そういうことなら投擲って置く訳に行かない。』と僕は・・・ 国木田独歩 「運命論者」
出典:青空文庫