・・・よくよく問い質して見ると、疑わしい事ばかりでしたから、癇癖の強い日錚和尚は、ほとんど腕力を振わないばかりに、さんざん毒舌を加えた揚句、即座に追い払ってしまいました。「すると明治二十七年の冬、世間は日清戦争の噂に湧き返っている時でしたが、・・・ 芥川竜之介 「捨児」
・・・これも前の紙屑同様、疑わしいと御思いになったら、今夜でもためして御覧なさい。同じ市内の電車でも、動坂線と巣鴨線と、この二つが多いそうですが、つい四五日前の晩も、私の乗った赤電車が、やはり乗降りのない停留場へぱったり止まってしまったのは、その・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ 木下闇、その横径の中途に、空屋かと思う、廂の朽ちた、誰も居ない店がある…… 四 鎖してはないものの、奥に人が居て住むかさえ疑わしい。それとも日が暮れると、白い首でも出てちとは客が寄ろうも知れぬ。店一杯に雛壇・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ 思い懸けず、余り変ってはいたけれども、当人の女の名告るものを、怪しいの、疑わしいの、嘘言だ、と云った処で仕方がない。まさか、とは考えるが、さて人の稼業である。此方から推着けに、あれそれとも極められないから、とにかく、不承々々に、そうか・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・――『そりゃア御もっとも』と返事をすると、ね、お前のことについて少し疑わしい点があると――」「先生にゃア関係がないと言ってあるのに」「いいえ、この方は大丈夫だが、ね、それ――」「田島だッて、もう、とっくに手を切ッたって言ってある・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・真否は頗る疑わしいが、とにかく馬琴の愛読者たる士流の間にはソンナ説があったものと見える。当時、戯作者といえば一括して軽薄放漫なるがいがいしゃ流として顰蹙された中に単り馬琴が重視されたは学問淵源があるを信ぜられていたからである。 私が幼時・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・しかし、それとて真に慈善の意志から出たものか、どうかは、疑わしい。 施薬をうけるものは、区役所、町村役場、警察の証明書をもって出頭すべし、施薬と見舞金十円はそれぞれ区役所、町村役場、警察の手を通じて手交するという煩雑な手続きを必要とした・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・何か訊問するんだな、何をきかれたって、疑わしいことがあるもんか! 彼は心かまえた。曹長は露西亜語は、どれくらい勉強したかと訊ねた。態度に肩を怒らしたところがなくて砕けていた。「西伯利亜へ来てからですから、ほんの僅かです。」 云いなが・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・しかし骨董は果して古銅から来た語だろうか、聊か疑わしい。もし真に古銅からの音転なら、少しは骨董という語を用いる時に古銅という字が用いられることがありそうなものだのに、汨董だの古董だのという字がわざわざ代用されることがあっても、古銅という字は・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・決して、こだわるわけではありませぬが、作陽誌によりますると、そのハンザキの大きさが三丈もあったというのですが、それは学者たちにとっては疑わしい事かも知れませんが、どうも私は人の話を疑う奴はまことにきらいで、三丈と言ったら三丈と信じたらいいで・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
出典:青空文庫