・・・醜くてすごい女なら、電車の停留場の一区間を歩く度毎に、三十人くらいは発見できるが、すごいほど美しい、という女は、伝説以外に存在しているものかどうか、疑わしい。 もともと田島は器量自慢、おしゃれで虚栄心が強いので、不美人と一緒に歩くと、に・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・いは三百年前の、謂わばレッテルつきの文豪の仕事ならば、文句もなく三拝九拝し、大いに宣伝これ努めていても、君のすぐ隣にいる作家の作品を、イヒヒヒヒとしか解することが出来ないとは、折角の君の文学の勉強も、疑わしいと言うより他はない。イエスもあき・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・という名前にして発表したなら、あんな、なごやかな晩年を享受できたかどうか、疑わしい。 私小説を書く場合でさえ、作者は、たいてい自身を「いい子」にして書いて在る。「いい子」でない自叙伝的小説の主人公があったろうか。芥川龍之介も、そのような・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・しかしそれができたとしたところでどれだけの手がらになるかは疑わしい。映画の進歩はやはり無色平面な有声映画の純化の方向にのみ存するのではないかと思われる。それには映画は舞台演劇の複製という不純分子を漸次に排除して影と声との交響楽か連句のような・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・自分の幼時にこの事を話した老人は現に自分でこれを体験したかのごとく話したが、それは疑わしいとしても、この老人の頭の若かった時代にこの話がかなりの生々しい色彩をもって流布されていた事は確からしい。 土佐における大地変の最初の記録としては、・・・ 寺田寅彦 「怪異考」
・・・それからまた、頭の中で考えただけでは充分につじつまが合ったつもりでいた推論などが、歴然と目の前の文章となって客観されてみると存外疑わしいものに見えて来て、もう一ぺん初めからよく考え直してみなければならないようなことになる。そういう場合も決し・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ しかし、この流行言葉を口にする人の中で、本当に学位濫造の事実があるかないかを判断するだけの資料と能力をもっている人がどれだけあるかは極めて疑わしいと思われる。 学位を受ける人の年ごとの数が大きいということだけでは少しも濫造の証拠に・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・いったい日本人ぐらいいわゆる風景に対して関心をもつ国民が他にあるかどうか自分には疑わしい。文人画の元祖である中華民国でも、美術の本場であるフランスでも、一般人士の間にはたして日本の老幼男女に共通な意味でのよい景色を賞観する心持ちがあるかどう・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・すると教官の方から疑わしいと思うなら、試してくれろっていう返辞なので、連れてって遣して見るてえと、成程技はたしかに出来る。こんな成績の好いのは軍隊でも珍らしいというでね…… それだから秋山大尉を捜すについちゃ、忰も勿論呼出されて、人選に・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・それらは皆各自に有っているはずである。疑わしいときは、個人としての先輩やら朋友やら、信用のある外国人の著わした書物やらに聴いて、自分の考えを纏めれば沢山である。現代の文士が述作の上において最も要求する所のものはそれらではない。金である。比較・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
出典:青空文庫