・・・余が修善寺で生死の間に迷うほどの心細い病み方をしていた時、池辺君は例の通りの長大な躯幹を東京から運んで来て、余の枕辺に坐った。そうして苦い顔をしながら、医者に騙されて来て見たと云った。医者に騙されたという彼は、固より余を騙すつもりでこういう・・・ 夏目漱石 「三山居士」
・・・ 中村は口を噤んだ。「ハハハハハ。誰かが待ってるのかい。いいよ。待ってる方は痺れを切らしても、逃げると云う事はないからね。今行くよ」「お前、又長くなるのじゃあるまいね」 病み疲れた、老い衰えた母は、そう訊ねることさえ気兼ねし・・・ 葉山嘉樹 「生爪を剥ぐ」
・・・おれは癲癇病みもやってみた。口にシャボンを一切入れて、脣から泡を吹くのだ。ところが真に受ける奴は一人も無い。馬鹿にして笑ってけつかる。それにいつでも生憎手近に巡査がいて、おれの頸を攫んで引っ立てて行きゃあがった。それから盲もやってみた。する・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・「二人は一緒に若返りました――彼女は恋する乙女に、彼は恋する若者に、一緒に人生に歩み入るところの――そして互いに生涯の別れを告げているところの――病みほつれた老人と死につつある老婦ではありませんでした。」 カールはもう一度丈夫になれ・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・『静かなる愛』はそういう特別な女の心、母の心の露が生活の朝夕にたまった泉のような詩集である。病みぬいた魂の平安と感じやすさというような趣のみちた作品である。特に、『静かなる愛』の後半には、そういう一つの境地に達した人生感、人生への哲・・・ 宮本百合子 「『静かなる愛』と『諸国の天女』」
・・・十二月一日 病みてあれば 又病みてあればらちなくも 冬の日差しの悲しまれける 着ぶくれて見にくき姿うつしみて わびしき思ひ鏡の面 今の心語りつたへんとももがなと 空しき宙に姿絵をかく ・・・ 宮本百合子 「日記」
・・・それにあの男の作は癲癇病みの譫語に過ぎない。Gorki は放浪生活にあこがれた作ばかりをしていて、社会の秩序を踏み附けている。これも危険である。それに実生活の上でも、籍を社会党に置いている。Artzibaschew は個人主義の元祖 Sti・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
出典:青空文庫