・・・が、友だちはそれで黙っていても、親戚の身になって見ると、元来病弱な彼ではあるし、万一血統を絶やしてはと云う心配もなくはないので、せめて権妻でも置いたらどうだと勧めた向きもあったそうですが、元よりそんな忠告などに耳を借すような三浦ではありませ・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・しかし幸い出て来た主人は、病弱らしい顔はしていても、人がらの悪い人ではありません。いや、むしろその蒼白い顔や華奢な手の恰好なぞに、貴族らしい品格が見えるような人物なのです。翁はこの主人とひととおり、初対面の挨拶をすませると、早速名高い黄一峯・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・ ――――――――――――――――――――――――― 病弱な修理は、第一に、林右衛門の頑健な体を憎んだ。それから、本家の附人として、彼が陰に持っている権柄を憎んだ。最後に、彼の「家」を中心とする忠義を憎んだ。「主・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・こういう風景をながめていると、病弱な樗牛の心の中には、永遠なるものに対するしょうけいが汪然としてわいてくる。日も動かない。砂も動かない。海は――目の前に開いている海も、さながら白昼の寂寞に聞き入ってでもいるかのごとく、雲母よりもまぶしい水面・・・ 芥川竜之介 「樗牛の事」
・・・「そんな病弱な、サナトリウム臭い風景なんて、俺は大嫌いなんだ」「雲とともに変わって行く海の色を褒めた人もある。海の上を行き来する雲を一日眺めているのもいいじゃないか。また僕は君が一度こんなことを言ったのを覚えているが、そういう空・・・ 梶井基次郎 「海 断片」
・・・この病弱な私が、ともかくも住居を移そうと思い立つまでにこぎつけた。私は何かこう目に見えないものが群がり起こって来るような心持ちで、本棚がわりに自分の蔵書のしまってある四畳半の押入れをもあけて見た。いよいよこの家を去ろうと心をきめてからは、押・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・そして、それらの人々が帰って行ったあとで、年も若く見たところも丈夫そうな若者が、私ごとき病弱な、しかも年とったもののところへ救いを求めに来るような、その社会の矛盾に苦しんだ。正義が顕れて、大きな盗賊やみじめな物乞いが出た。 私たちの家の・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・不幸にあこがれたことがなかったか。病弱を美しいと思い描いたことがなかったか。敗北に享楽したことがなかったか。不遇を尊敬したことがなかったか。愚かさを愛したことがなかったか。 全部、作家は、不幸である。誰もかれも、苦しみ苦しみ生きている。・・・ 太宰治 「緒方氏を殺した者」
・・・それに私は病弱だから、副食物や注射液や薬品のためにも借金をします。私はいま、非常に困難な仕事をしているのです。少くとも、あなたよりは、苦しい仕事をしているのです。自分でも、ほとんど発狂しているのではないかと思うほど、仕事のことばかり考えつめ・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・芸術に、意義や利益の効能書を、ほしがる人は、かえって、自分の生きていることに自信を持てない病弱者なのだ。たくましく生きている職工さん、軍人さんは、いまこそ芸術を、美しさを、気ままに純粋に、たのしんでいるのでは無いか。「大デュマなんて、面・・・ 太宰治 「正直ノオト」
出典:青空文庫