・・・しかし、鴨の獲れない事を痛快がっていた桂月先生も、もう一度、一ノ橋の河岸へあがると、酔いもすこし醒めたと見え「僕は小供に鴨を二羽持って帰ると約束をしてきたのだが、どうにかならないものかなあ、何でも小供はその鴨を学校の先生にあげるんだそうだ」・・・ 芥川竜之介 「鴨猟」
・・・『全否定論法』或は『木に縁って魚を求むる論法』は痛快を極めている代りに、時には偏頗の疑いを招かないとも限りません。しかし『半肯定論法』は兎に角或作品の芸術的価値を半ばは認めているのでありますから、容易に公平の看を与え得るのであります。「・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・実際そこに惹起された運動といい、音響といい、ある悪魔的な痛快さを持っていた。破壊ということに対して人間の抱いている奇怪な興味。小さいながらその光景は、そうした興味をそそり立てるだけの力を持っていた。もっと激しく、ありったけの瓶が一度に地面に・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・が、ただ先哲、孫呉空は、ごまむしと変じて、夫人の腹中に飛び込んで、痛快にその臓腑を抉るのである。末法の凡俳は、咽喉までも行かない、唇に触れたら酸漿の核ともならず、溶けちまおう。 ついでに、おかしな話がある。六七人と銑吉がこの近所の名代の・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・画家 ははは、痛快ですな。しかし穏でない。夫人 (激怒したるが、忘れたように微笑穏でありませんか。画家 まず。……そこで。夫人 きさまは鬼だ、と夫が申すと、いきなり私が、座敷の外へ突飛ばされ、倒れる処を髻をつかまれ、横ぞっぽ・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・化膿せる腫物を切開した後の痛快は、やや自分の今に近い。打撃はもとより深酷であるが、きびきびと問題を解決して、総ての懊悩を一掃した快味である。わが家の水上僅かに屋根ばかり現われおる状を見て、いささかも痛恨の念の湧かないのは、その快味がしばらく・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・は談林の病処を衝いた痛快極まる冷罵であった。 緑雨が初めて私の下宿を尋ねて来たのはその年の初冬であった。当時は緑雨というよりは正直正太夫であった。私の頭に深く印象しているは「小説八宗」であって、驚くべき奇才であるとは認めていたが、正直正・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・その時最も痛快なる芝居を打って大向うを唸らしたのは学堂尾崎行雄であった。尾崎は重なる逐客の一人として、伯爵後藤の馬車を駆りて先輩知友に暇乞いしに廻ったが、尾行の警吏が俥を飛ばして追尾し来るを尻目に掛けつつ「我は既に大臣となれり」と傲語したの・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・して、その指令が五つの闇市場へ飛び、その日の相場の統制が保たれるらしい――という話を、私はきいたが、もしそうだとすれば、そのたった一人の人間の統制力というものは、この国の政府の統制力以上であり、むしろ痛快ではないか。 三・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・私は日本文壇のために一人悲憤したり、一人憂うという顔をしたり、文壇を指導したり、文壇に発言力を持つことを誇ったり、毒舌をきかせて痛快がったり、他人の棚下しでめしを食ったり、することは好まぬし、関西に一人ぽっちで住んで文壇とはなれている方が心・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
出典:青空文庫