・・・ 現実は説明の出来ない力であるが、若し芸術家が真に此の現実の前に謙遜であり、それを熱愛し、それを痛感しているならば、其の人の芸術は必ず民衆の胸を衝き、誰れにでも強い感激を与え得るに違いない。何となれば芸術は凡ての現実の極度だからである。・・・ 小川未明 「囚われたる現文壇」
・・・ けれど、私達は、いかに、かく都会に喧騒を極めても、このまゝであったら、決して、私達の生活は、光明を望むものでないことをむしろ痛感せざるを得ないのは、なぜでしょうか。 それは暫く措き、都会がいたずらに発達するということも、中央集権的・・・ 小川未明 「街を行くまゝに感ず」
・・・やはり、どこまでも救われない自我的な自分であることだけが、痛感された。粗末なバラックの建物のまわりの、六七本の桜の若樹は、もはや八分どおり咲いていた。…… 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・実にこの天地に於けるこの我ちょうものの如何にも不思議なることを痛感して自然に発したる心霊の叫である。この問その物が心霊の真面目なる声である。これを嘲るのはその心霊の麻痺を白状するのである。僕の願は寧ろ、どうにかしてこの問を心から発したいので・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・先日あんな、だらしない手紙を差し上げ、それから後で、つくづく自分のだらしなさ、青臭さを痛感して、未だ少しも自分の形の出来ていないのがわかり、こんな具合では、もういちどはじめから全部やり直さなければなるまい、けれども一体、どこから手をつけて行・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・文壇も社会も、みんな自信だけの問題だと、小生痛感している。その自信を持たしてくれるのは、自分の仕事の出来栄えである。循環する理論である。だから自信のあるものが勝ちである。拙宅の赤んぼさんは、大介という名前の由。小生旅行中に女房が勝手につけた・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ということは、なかなか、つらい心理であると、いまさらながら痛感したのである。 よそから、もらったお酒が二升あった。私は、平常、家に酒を買って置くということは、きらいなのである。黄色く薄濁りした液体が一ぱいつまって在る一升瓶は、どうにも不・・・ 太宰治 「酒ぎらい」
・・・ 私はその必要を痛感している。所謂有能な青年女子を、荒い破壊思想に追いやるのは、民主革命に無関心なおまえたち先輩の頑固さである。 若いものの言い分も聞いてくれ! そうして、考えてくれ! 私が、こんな如是我聞などという拙文をしたためる・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・私は高等学校一年の時、既に粋人たらむ事の不可能を痛感し、以後は衣食住に就いては専ら簡便安価なるものをのみ愛し続けて来たつもりなのである。けれども私は、その身長に於いても、また顔に於いても、あるいは鼻に於いても、確実に、人より大きいので、何か・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・住み難き世を人一倍に痛感しまことに受難の子とも呼ぶにふさわしい、佐藤春夫、井伏鱒二、中谷孝雄、いまさら出家遁世もかなわず、なお都の塵中にもがき喘いでいる姿を思うと、――いやこれは対岸の火事どころの話でない。おのれの作品のよしあしをひ・・・ 太宰治 「もの思う葦」
出典:青空文庫