・・・エグジスタンシアリスムという言葉は、巴里では地下鉄の中でも流行語になっているということだが、日本では本屋の前に行列が作られるのは、老大家をかかえた岩波アカデミズム機関誌の発売日だけである。日本もフランスも共に病体であり、不安と混乱の渦中にあ・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・それのみか、某事件の摘発、攻撃の筆がたたって、新聞条令違反となり、発売禁止はもとより、百円の罰金をくらった。続いて、某銀行内部の中傷記事が原因して罰金三十円、この後もそんなことが屡あって、結局お前は元も子もなくしてしまい無論廃刊した。 ・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・挽馬場の馬の気配も見ず、予想表も持たず、ニュースも聴かず、一つの競走が済んで次の競走の馬券発売の窓口がコトリと木の音を立ててあくと、何のためらいもなく誰よりも先きに、一番! と手をさし込むのだった。 何番が売れているのかと、人気を調べる・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・ そんなことがあってみれば、その夜、ことに自作が発売禁止処分を受けて、もう当分自分の好きな大阪の庶民の生活や町の風俗は描けなくなったことで気が滅入り、すっかりうらぶれた隙だらけの気持になっている夜、「ダイス」のマダムに会うのはますます危・・・ 織田作之助 「世相」
・・・この作品は三百枚くらいで完成する筈であるが、雑誌に分載するような事はせず、いきなり単行本として或る出版社から発売される事になっているので、すでに少からぬ金額の前借もしてしまっているのであるから、この原稿は、もはや私のものではないのだ。けれど・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・雑誌『三田文学』を発売する書肆は築地の本願寺に近い処にある。華美な浴衣を着た女たちが大勢、殊に夜の十二時近くなってから、草花を買いに出るお地蔵さまの縁日は三十間堀の河岸通にある。 逢うごとにいつもその悠然たる貴族的態度の美と洗錬された江・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・先生は最初感情の動くがままに小説を書いて出版するや否や、忽ち内務省からは風俗壊乱、発売禁止、本屋からは損害賠償の手詰の談判、さて文壇からは引続き歓楽に哀傷に、放蕩に追憶と、身に引受けた看板の瑕に等しき悪名が、今はもっけの幸に、高等遊民不良少・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・曾我の五郎十郎こそ千載の誉れ、末代の手本なれなど書立てゝ出版したらば、或は発売を禁止せらるゝことならん。如何となれば現行法律の旨に背くが故なり。其れも小説物語の戯作ならば或は妨なからんなれども、家庭の教育書、学校の読本としては必ず異論ある可・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・の作品についての感想はここでのべず、それが発売を禁止されたことは、一般的な問題として当時多くの人々からも不賛成を示された近い一つの事実であった。「モスクワ」という作品は芸術品として見た場合、芸術以前のものであり、読者の大部分に直ぐ誰とう・・・ 宮本百合子 「近頃の話題」
・・・遺憾なことにこの小説の翻訳はその内容の性質によって発売を禁ぜられた。出版当時には二三の人によって作品評を試みられていたのであった。この小説は作者オストロフスキーがロシアの国内戦当時自身経験し又見聞した歴史を描いたものであり、多分正宗白鳥氏で・・・ 宮本百合子 「ヒューマニズムへの道」
出典:青空文庫