・・・馬鹿げた自慢をした事もありませんし、秋ちゃんなんかが、あの先生の傍で、私どもに、あの人の偉さに就いて広告したりなどすると、僕はお金がほしいんだ、ここの勘定を払いたいんだ、とまるっきり別な事を言って座を白けさせてしまいます。あの人が私どもに今・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・ 遠くに見えている白樺の白けた森が、次第にゆるゆると近づいて来る。手入をせられた事の無い、銀鼠色の小さい木の幹が、勝手に曲りくねって、髪の乱れた頭のような枝葉を戴いて、一塊になっている。そして小さい葉に風を受けて、互に囁き合っている。』・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・と、確かに小声で言った筈なのだが、坐ってから、あたりを見廻すと、ひどく座が白けている。もう、駄目なのである。私は、救い難き、ごろつきとして故郷に喧伝されるに違いない。 その後の私の汚行に就いては、もはや言わない。ぬけぬけ白状するというこ・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・一番の汽車が開路開路のかけ声とともに、鞍山站に向かって発車したころは、その残月が薄く白けて淋しく空にかかっていた。 しばらくして砲声が盛んに聞こえ出した。九月一日の遼陽攻撃は始まった。・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・三人とも何となくきまりが悪く、白け渡ッた。「小万さん、小万さん」と、遠くから呼んだ者がある。 見ると向う廊下の東雲の室の障子が開いていて、中から手招ぎする者がある。それは東雲の客の吉さんというので、小万も一座があッて、戯言をも言い合・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・モーターが唸って、小僧は真白けになって疲れた動作で黙りこくって働いていた。ズックの袋に入れて札をつけた白米が店の奥に山とつまれた。馬力で米俵が運ばれて来たりした。東京市内だけでも一日に何軒とかの割合で米屋が倒れて行く。そういう話がある折であ・・・ 宮本百合子 「この初冬」
・・・若しそれが一寸でも面白ければ幸です。 先々月、六月の下旬、祖母の埋骨式に、田舎へいっていた。長年いきなれた田舎だが、そこの主人であった祖母が白絹に包まれた御骨壺となり、土地の人がそれに向って涙をこぼすような工合になると、却って淋しい。人・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・ 何と云うまとまりもないありふれた世間話が四人の間を走りまわって白けかかる空気を取りもどすために、篤は下らない自分の日常の事についてまで話した。 肇は無口な男だった。 小さくってあつい様な輝のある目と赤い小さい唇と、やせて背の高・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・眼も鼻もないように顔を真白けに塗った「唄わしてよ」の少女が首に手拭をむすび裾をはし折って花見の人が去った後の緋モーセンの床几の上へ一人、すねを並べて足袋をつき出しているところが描かれている。この小さい諷刺的な絵は、感覚的な効果をもって日本の・・・ 宮本百合子 「帝展を観ての感想」
・・・ついて技術的な面で感じることは、現実の錯雑の再現とその全体の確実性の強調として、作品の上で、科学的用語や保険会社の死亡調査報告書、くびくくりの説明図などに場所を与えすぎることは、寧ろ却って読者の実感を白けさせる危険があるのではないかというこ・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
出典:青空文庫