・・・ 廻廊の縁の角あたり、雲低き柳の帳に立って、朧に神々しい姿の、翁の声に、つと打向いたまえるは、細面ただ白玉の鼻筋通り、水晶を刻んで、威のある眦。額髪、眉のかかりは、紫の薄い袖頭巾にほのめいた、が、匂はさげ髪の背に余る。――紅地金襴のさげ・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ と花火に擬て、縦横や十文字。 いや、隙どころか、件の杢若をば侮って、その蜘蛛の巣の店を打った。 白玉の露はこれである。 その露の鏤むばかり、蜘蛛の囲に色籠めて、いで膚寒き夕となんぬ。山から颪す風一陣。 はや篝火の夜にこ・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ 戸外は真昼のような良い月夜、虫の飛び交うさえ見えるくらい、生茂った草が一筋に靡いて、白玉の露の散る中を、一文字に駈けて行くお雪の姿、早や小さくなって見えまする。 小宮山は蝙蝠のごとく手を拡げて、遠くから組んでも留めんず勢。「お・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・人の書いた立派な著書の中から白玉の微瑕のような一、二の間違いを見付けてそれをさもしたり顔に蔭で云いふらすのなどもその類であるかもしれない。これは悪口でなく本当にある現象である、 その次の第百九十四段及び第七十三段に「嘘のサイコロジー」を・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・その時暗き中に一点白玉の光が点ぜらるる。見るうちに大きくなる。闇のひくか、光りの進むか、ウィリアムの眼の及ぶ限りは、四面空蕩万里の層氷を建て連らねたる如く豁かになる。頭を蔽う天もなく、足を乗する地もなく冷瓏虚無の真中に一人立つ。「君は今・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
出典:青空文庫