・・・寡黙な間喜兵衛でさえ、口こそきかないが、白髪頭をうなずかせて、一同の意見に賛同の意を表した事は、度々ある。「何に致せ、御一同のような忠臣と、一つ御藩に、さような輩が居ろうとは、考えられも致しませんな。さればこそ、武士はもとより、町人百姓・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・ わたしはどういう運命か、母親の腹を出た時には白髪頭をしていたのだよ。それからだんだん年が若くなり、今ではこんな子どもになったのだよ。けれども年を勘定すれば生まれる前を六十としても、かれこれ百十五六にはなるかもしれない。」 僕は部屋の中・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・ 静に放すと、取られていた手がげっそり痩せて、着た服が広くなって、胸もぶわぶわと皺が見えるに、屹と目をみはる肩に垂れて、渦いて、不思議や、己が身は白髪になった、時に燦然として身の内の宝玉は、四辺を照して、星のごとく輝いたのである。 ・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・頬のやや円いのが、萎々とした禰宜いでたちで、蚊脛を絞り、鹿革の古ぼけた大きな燧打袋を腰に提げ、燈心を一束、片手に油差を持添え、揉烏帽子を頂いた、耳、ぼんの窪のはずれに、燈心はその十筋七筋の抜毛かと思う白髪を覗かせたが、あしなかの音をぴたりぴ・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・老樹精萃を蔵す 帳裡の名香美人を現ず 古より乱離皆数あり 当年の妖祟豈因無からん 半世売弄す懐中の宝 霊童に輸与す良玉珠 里見氏八女匹配百両王姫を御す 之子于に帰ぐ各宜きを得 偕老他年白髪を期す 同心一夕紅糸を繋ぐ 大家終に・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・物知りはもうだいぶ年をとった、白髪のまじった老人でありました。「それはほんとうのことだ。幸福の島へゆけば、いまこの国でまちがっているようなことは、たとえ見ようと思っても見られない。そのうえ、山へゆけば木がしげっている。土を掘ればいい水が・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
くりの木のこずえに残った一ひらの葉が、北の海を見ながら、さびしい歌をうたっていました。 おきぬは、四つになる長吉をつれて、山の畑へ大根を抜きにまいりました。やがて、冬がくるのです。白髪のおばあさんが、糸をつむいでいるように、空では・・・ 小川未明 「谷にうたう女」
・・・だから、世間で私のことを白髪のある老人だと思い込んでいる人があったにしても、敢て無理からぬことであった。が私の本当の年齢は今年三十三歳になった許りである。 もっとも私はこの三十三歳を以て、未だ若しとするものではない。青春といい若さといい・・・ 織田作之助 「髪」
・・・安子は白髪のふえた父親の前に手をついて、二度と悪いことはしないと誓った。そして、父親の出入先の芝の聖坂にある実業家のお邸へ行儀見習に遣られた。安子は十日許り窮屈な辛棒をしていたが、そこの令嬢が器量の悪い癖にぞろりと着飾って、自分をこき使うの・・・ 織田作之助 「妖婦」
・・・こうと知ったら、定めし白髪を引ひきむしって、頭を壁へ打付けて、おれを産んだ日を悪日と咒って、人の子を苦しめに、戦争なんぞを発明した此世界をさぞ罵る事たろうなア! だが、母もマリヤもおれがこうもがきじにに死ぬことを風の便にも知ろうようがな・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
出典:青空文庫