・・・殊に前景の土のごときは、そこを踏む時の足の心もちまでもまざまざと感じさせるほど、それほど的確に描いてあった。踏むとぶすりと音をさせて踝が隠れるような、滑な淤泥の心もちである。私はこの小さな油画の中に、鋭く自然を掴もうとしている、傷しい芸術家・・・ 芥川竜之介 「沼地」
・・・ だのに、餌を見せながら鳴き叫ばせつつ身を退いて飛廻るのは、あまり利口でない人間にも的確に解せられた。「あかちゃんや、あかちゃんや、うまうまをあげましょう、其処を出ておいで。」と言うのである。他の手に封じられた、仔はどうして、自分で笊が・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・興奮した感情は、かえってねらいを的確にした。 カーキ色の軍服は、こっちで引鉄を握りしめると、それから十秒もたたないうちに、足をすくわれたように草の上へ引っくりかえった。「そら、また一匹やった。」「あいつは兵卒だね。長い刀をさげて・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ 事実、作品に依れば、その描写の的確、心理の微妙、神への強烈な凝視、すべて、まさしく一流中の一流である。ただ少し、構成の投げやりな点が、かれを第二のシェクスピアにさせなかった。とにかく、これから、諸君と一緒に読んでみましょう。 ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・その反対に今の新人はその基本作因に自信がなく、ぐらついている、というお言葉は、まさに頂門の一針にて、的確なものと思いました。自信を、持ちたいと思います。 けれども私たちは、自信を持つことが出来ません。どうしたのでしょう。私たちは、決して・・・ 太宰治 「自信の無さ」
・・・ いつか、柳田という、れいの抜け目の無い、自分で自分の顔の表情を鏡を見なくても常に的確に感知できると誇称している友人、兼、編輯部長に連れられて、新橋駅のすぐ近くの川端に建って在るおでん屋へ飲みに行きました。そこもまた、屋台には違い無いの・・・ 太宰治 「女類」
・・・歯の根も合わぬ、というのは、まさしく的確の実感であった。 とんと肩をたたかれた。振りむくと、うしろに、幸吉兄妹が微笑して立っている。「あ、焼けたね。」私は、舌がもつれて、はっきり、うまく言えなかった。「ええ、焼ける家だったのです・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・ような無学のルンペン詩人のうろついているうちは日本は決して文明国とは言えない、という実に一から十までそのとおりの事で、阿呆な子に向って、お前は家の足手まといになるから死ぬがよい、と言うほどのおそろしく的確なやっつけ方で、みも、ふたも無く、ダ・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・人間については、私もいささか心得があり、たまには的確に、あやまたず指定できたことなどもあったのであるが、犬の心理は、なかなかむずかしい。人の言葉が、犬と人との感情交流にどれだけ役立つものか、それが第一の難問である。言葉が役に立たぬとすれば、・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・慣性と弾性と疲労とから来る心理的な週期性、なおまた人間常住の環境に現われる種々の週期性、そういういろいろな週期に対するわれわれの無意識的な経験と知識から生まれて来る律動の予感、あるいは期待がぐあいよく的確に満足されるということが一つの最重大・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫