・・・「ええ、おかげ様で、――叔母さんの所でも皆さん御丈夫ですか?」 そんな対話を聞きながら、巻煙草を啣えた洋一は、ぼんやり柱暦を眺めていた。中学を卒業して以来、彼には何日と云う記憶はあっても、何曜日かは終始忘れている。――それがふと彼の・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・ では皆さんによろしく。どうもお下駄も直しませんで。」 僕等はもう日の暮に近い本所の町を歩いて行った。彼も始めて顔を合せた彼の妹の心もちに失望しているのに違いなかった。が、僕等は言い合せたように少しもその気もちを口にしなかった。彼は、―・・・ 芥川竜之介 「彼」
・・・「では皆さん、さようなら。」 数時間の後、保吉はやはり尾張町のあるバラックのカフェの隅にこの小事件を思い出した。あの肥った宣教師はもう電燈もともり出した今頃、何をしていることであろう? クリストと誕生日を共にした少女は夕飯の膳につい・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・でも私は心から皆さんにお礼しますわ。私みたいながらがらした物のわからない人間を、皆さんでかわいがってくださったんですもの。お金にはちっともならなかったけれども、私、どこに行くよりも、ここに来るのがいちばんうれしかったの。ともどもに苦労しなが・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・私は皆さんが、たといいかなる手段をもってお迫りになろうとも、自分でこの革鞄は開けないのです。令嬢の袖は放さないのです。 ただし、この革鞄の中には、私一身に取って、大切な書類、器具、物品、軽少にもしろ、あらゆる財産、一切の身代、祖先、父母・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ 不時の回診に驚いて、ある日、その助手たち、その白衣の看護婦たちの、ばらばらと急いで、しかも、静粛に駆寄るのを、徐ろに、左右に辞して、医学博士秦宗吉氏が、「いえ、個人で見舞うのです……皆さん、どうぞ。」 やがて博士は、特等室・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ 三「皆さん、申すまでもありませんが、お家で大切なのは火の用心でありまして、その火の用心と申す中にも、一番危険なのが洋燈であります。なぜ危い。お話しをするまでもありません、過失って取落しまする際に、火の消えません・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ 僕は皆さんにそんなにお詫びを云われる訣はないという。民子のお父さんはお詫びを言わしてくれという。「そりゃ政夫さんのいうのは御もっともです、私共が勝手なことをして、勝手なことをお前さんに言うというものですが、政夫さん聞いて下さい、理・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・私は十五分の予定だったその放送を十分で終ってしまったが、端折った残りの五分間で、「皆さん、僕はあんな小説を書いておりますが、僕はあんな男ではありません」と絶叫して、そして「あんな」とは一体いかなることであるかと説明して、もはや「あんな」の意・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・それでいったいどんな文句の葉書が皆さんのところへ送られたのか、じつは私としてはまったく突如に皆さんの御承諾の御返事をいただいたような始末でして……まったく発起人という名義を貸しただけでして……発起人としてかようなことを申しあげるのは誠に失礼・・・ 葛西善蔵 「遁走」
出典:青空文庫