・・・よくは解らねえが、まあそうだろうと云う皆さんの鑑定だ。 忰の体は、その時錨にかかって挙ったにゃ揚ったが、もう駄目だった。秋山さんの方は、それから大分日数がかかった。これは相も悉皆崩れていたという話でね。」 爺さんはそこまで話して来る・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・「わたしは皆さんがおいでると悪いさかえ、お見送りはしません」お絹は幾折かの菓子を風呂敷に包みながら断わった。「何だかまだ忘れものがあるような気がしてならない」道太は立ちがけに、わざと繰り返した。 兄のところへ行くと、姉が悦び迎え・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・「皆さん、着物を着て下さい。御飯も出来ましたよ」 女工の一人が大声で云っている。女達がてんでに、お櫃を抱えて運ぶ。焼かれた秋刀魚が、お皿の上で反り返っている。「これはどうしたことだ?」 利平は、半ば泣き出したい気持になった。・・・ 徳永直 「眼」
・・・そうしないと始末に終えないから、やむをえず外圧的に皆さんを圧迫しているのである。これも一種の約束で、そうしないと教育上に困難であるからである。その約束、法則というものは政治上にも教育上にもソシャル・マナーの上にもある。飯を食べるのにサラサラ・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・「平田さんがお帰郷なさると、皆さんが楽におなりなさるんですか」「そうは行くまい。大概なことじゃ、なかなか楽になるというわけには行かなかろう。それで、急にまた出京るという目的もないから、お前さんにも無理な相談をしたようなわけなんだ。先・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・御覧、皆さんが彼様に立って居らッしゃるじゃないか。』 其女の方の後には、幾個かの人の垣を為た様に取巻いて、何人も呆れてお居での様でした。『彼の女は僕の云う様な事を云っている。』 突如に斯う云った人があったのです。見返ると、あの可・・・ 広津柳浪 「昇降場」
パール・バック女史の問題のつかみ方は、さすがに作家らしくて、わたしにも皆さんにも同感されたのだと思います。パール・バックはアメリカの今日の文明をちょうど子供が新しいすばらしい玩具の作り方を発見して、それに夢中になっている状・・・ 宮本百合子 「アメリカ文化の問題」
・・・――どうやらこうやら皆さんの御同情にあずかって過して来ておりますような訳で……こんなにして、御縁の浅い先生のところまで上りまして厚かましいのは承知でございます」「そういう意味で云ったのじゃない。結局のことは当座の端した金ではどうにもなら・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・そのうち結城紬の単物に、縞絽の羽織を着た、五十恰好の赤ら顔の男が、「どうです、皆さん、切角出してあるものですから」と云って、杯を手に取ると、方方から手が出て、杯を取る。割箸を取る。盛んに飲食が始まった。しかし話はやはり時候の挨拶位のものであ・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・「難有うございます。皆さんが御親切になすって下すって難有うございます。」ユリアはまだその上にこう云った。「警部さん。あなたはこうなった方が、かえってよいかも知れないとおっしゃいましたが、そうかも知れませんわね。あの人は亡くなったのだから、も・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
出典:青空文庫