・・・大は各国の交際に権を争い、小は人々の渡世に利を貪り、はなはだしきは物を盗み人を殺すものあり。なおはなはだしきは、かの血気の少年軍人の如きは、ひたすら殺伐戦闘をもって快楽となし、つねに世の平安をいとうて騒乱多事を好むが如し。ゆえに平安の主義は・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・この際私が将軍の勲章とエボレットとを盗みこれを食しますれば私共は死ななくても済みます。そして私はその責任を負って軍法会議にかかりまた銃殺されようと思います。」特務曹長「曹長、よく云って呉れた。貴様だけは殺さない。おれもきっと一緒に行くぞ・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・戦友としての人間らしいやさしさ、同時に行われる盗みっこ、要領、残酷、猥褻、目的のない侮蔑。「軍服」の中でそういう軍隊生活の特色は皆とりあげられている。が、三吉の実感をとおして作者が腹の中でそれをえぐる、そのえぐりが浅くて、げびない代りに感銘・・・ 宮本百合子 「小説と現実」
・・・ 菊池寛は英国文学の根柢にある常識性と彼が曾つて貧しい大学生として盗みの嫌疑さえかけられたような生活を経てきたのが年と共に度胸の据ったあのような常識を持つに至ったのであろう。 だから菊池の大衆文学には読者を「なるほどネ」といわせる力・・・ 宮本百合子 「“慰みの文学”」
・・・だから、俺はあの娘を盗みます。唯お前は俺たちを助けて下さい。石で打ってもいい。どっちみち俺はゆずらない」 ひっくり返るほどたまげながら、「こうなりゃ、ほかになんとしよう」アクリーナは「マクシムの額とワルワーラの編髪に祝福した」 若い・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・「銭」を稼がなければならなくなった。彼は屑拾いをした。オカ河岸の材木置場から板切や薪をかっぱらった。「盗みということは場末町では決して罪悪とされていなかった。それは習慣であり、又半ば飢えている町人にとっての殆ど唯一の生活方法なのであった。」・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」
・・・二郎は邸を見廻って、強い奴が弱い奴を虐げたり、諍いをしたり、盗みをしたりするのを取り締まっているのである。 二郎は小屋にはいって二人に言った。「父母は恋しゅうても佐渡は遠い。筑紫はそれよりまた遠い。子供の往かれる所ではない。父母に逢いた・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・有名な、占有は盗みだという語なんぞも、プルウドンが生れるより二十年も前に、Brissot が云っている。プルウドンという人は先ず弁論家というべきだろう。それからバクニンは、莫斯科と彼得堡との中間にある Prjamuchino で、貴家の家に・・・ 森鴎外 「食堂」
・・・ 当時遠島を申し渡された罪人は、もちろん重い科を犯したものと認められた人ではあるが、決して盗みをするために、人を殺し火を放ったというような、獰悪な人物が多数を占めていたわけではない。高瀬舟に乗る罪人の過半は、いわゆる心得違いのために、思・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
・・・に重きを置く、公爵家の若君は母堂を自動車に載せて上野に散策し、山奥の炭焼きは父の屍を葬らんがために盗みを働いた。いずれが孝子であるか、今の社会にはわからぬ。親の酒代のために節操を棄て霊を離るる女が孝子であるならば吾人はむしろ「孝」を呪う。・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫