・・・そして花の盛りが過ぎてゆくのと同じように、いつの頃からか筧にはその深祕がなくなってしまい、私ももうその傍に佇むことをしなくなった。しかし私はこの山径を散歩しそこを通りかかるたびに自分の宿命について次のようなことを考えないではいられなかった。・・・ 梶井基次郎 「筧の話」
・・・ それで結極のべつ貧乏の仕飽をして、働き盛りでありながら世帯らしい世帯も持たず、何時も物置か古倉の隅のような所ばかりに住んでいる、従ってお源も何時しか植木屋の女房連から解らん女だ、つまり馬鹿だとせられていたのだ。 磯吉の食事が済むと・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・相手の分不相応な大きな注文を盛りあげて、自分でひとり幻滅する。相手の異性をよく見わけることは何より肝要なことだ。恋してからは目が狂いがちだから、恋するまでに自分の発情を慎しんで知性を働らかせなければならぬ。よほどのロマンチストでない限り、一・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・なるほど韓駒の詩の、「言う莫かれ衲子の籃に底無しと、江南の骨董を盛り取って帰る」などという句を引いて講釈されると、そうかとも思われる。江南には銅器が多いからである。しかし骨董は果して古銅から来た語だろうか、聊か疑わしい。もし真に古銅からの音・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・寧ろ例外で、或る齢を過ぎれば心身倶に衰えて行くのみである、人々の遺伝の素質や四囲の境遇の異なるに従って、其年齢は一定しないが、兎に角一度健康・精力が旺盛の絶頂に達するの時代がある、換言すれば所謂「働き盛り」の時代がある、故に道徳・智識の如き・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・もまた寝心わるく諦めていつぞや聞き流した誰やらの異見をその時初めて肝のなかから探り出しぬ 観ずれば松の嵐も続いては吹かず息を入れてからが凄まじいものなり俊雄は二月三月は殊勝に消光たるが今が遊びたい盛り山村君どうだねと下地を見込んで誘う水・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・そのころの太郎はようやく小学の課程を終わりかけるほどで、次郎はまだ腕白盛りの少年であった。私は愛宕下のある宿屋にいた。二部屋あるその宿屋の離れ座敷を借り切って、太郎と次郎の二人だけをそこから学校へ通わせた。食事のたびには宿の女中がチャブ台な・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・八十歳の婆とか、五歳の娘とか、それは問題になりませんが、女盛りの年頃で、しかもなかなかの美人でありながら、ちっとも私に窮屈な思いをさせず、私もからりとした非常に楽な気持で対坐している事が出来る、そんな女のひとも、たまにはあるのです。あれはい・・・ 太宰治 「嘘」
・・・凡て盛りの短い生物には、生活に対する飢渇があるものだが、それをドリスは強く感じている。それが優しい、褐色の、余り大きいとさえ云いたいような、余りきらきらする潤いが有り過ぎるような目の中から耀いて見える。 無邪気な事は小児のようである。軽・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・細君はなるほどもう色は衰えているが、娘盛りにはこれでも十人並み以上であったろうと思われる。やや旧派の束髪に結って、ふっくりとした前髪を取ってあるが、着物は木綿の縞物を着て、海老茶色の帯の末端が地について、帯揚げのところが、洗濯の手を動かすた・・・ 田山花袋 「少女病」
出典:青空文庫