・・・ そのほか、八月十四日の昼には、天文に通じている家来の才木茂右衛門と云う男が目付へ来て、「明十五日は、殿の御身に大変があるかも知れませぬ。昨夜天文を見ますと、将星が落ちそうになって居ります。どうか御慎み第一に、御他出なぞなさいませんよう・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・ ところが、二日目かに、モサで入っていた目付のこわい男が、ニヤ/\してながら自分の坐っている側へ寄って来てみれと云った。俺は好奇心にかられて、そこへズッて行くと、「あすこを見ろ。」 と云って、窓から上を見上げた。 俺はそれで・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・顔をあげて拝むような目付をしたその男の有様は、と見ると、体躯の割に頭の大きな、下顎の円く長い、何となく人の好さそうな人物。日に焼けて、茶色になって、汗のすこし流れた其痛々敷い額の上には、たしかに落魄という烙印が押しあててあった。悲しい追憶の・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・そんなにして坐っていて、わたしの顔を見ているその目付で、わたしの考えの糸を、丁度繭から絹糸を引き出すように手繰出すのだわ。その手繰出されたわたしの考えは疑い深い考えかも知れない。わたしにもよく思って見なくちゃあ分からないわ。一体お前さんはな・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・百貨店で呉服物見切の安売りをする時、品物に注がれるような鋭い目付はここには見られない。また女学校の入学試験に合格しなかった時、娘の顔に現われるような表情もない。 わたくしはここに一言して置く。わたくしは医者でもなく、教育家でもなく、また・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・ 彼の御広間の敷居の内外を争い、御目付部屋の御記録に思を焦し、ふつぜんとして怒り莞爾として笑いしその有様を回想すれば、正にこれ火打箱の隅に屈伸して一場の夢を見たるのみ。しかのみならず今日に至ては、その御広間もすでに湯屋の薪となり、御記録・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・何にいたせわたくしはついぞあんな人間を見た事もございませんし、また人間があんな目付をいたしているはずがございません。主人。どうともお前の勝手にするが好い。もう用事はないから下って寝てくれい。(暫く物を案ずる様子にてあちこち歩く。舞台の奥・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・そういう活動的な習慣はこのごろ若い人々の間に移って来て、旅の楽しさ、旅の間に動いている人間らしい目付の溌剌とした輝きが快く目にとまるようになった。そんな、けちな街の映画館でさえ、人々が少し溜ると、誰からとなく広間の中に列をつくってぐるりと歩・・・ 宮本百合子 「映画」
・・・ただお目付役の威厳で、目の前でその小路を引きかえさせるばかりでは、若い心の何かの渇きや遣り場のなさがそのまま高尚な希望へ変るものでないことも、実感でわかっていよう。若い心の同感と鼓舞と共々な努力として、行動隊員が活動することを衷心から期待す・・・ 宮本百合子 「女性週評」
・・・と云う様な根の抜けた目付をして居る様なので、子供はあばれ放題、下女は目の廻るほど呼び立てられて、悪口を絶やした事がない。 どれだけの経済程度なのか知らないけれ共、子供にあれだけの装をさせて置ける位なら、最う少し体の好いちんまりま・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
出典:青空文庫