・・・「で、ござりまするな。目覚める木の実で、いや、小児が夢中になるのも道理でござります。」と感心した様子に源助は云うのであった。 青梅もまだ苦い頃、やがて、李でも色づかぬ中は、実際苺と聞けば、小蕪のように干乾びた青い葉を束ねて売る、黄色・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・と金字で書いた鉄門をはいると、真直な敷石道の左右に並ぶ休茶屋の暖簾と、奉納の手拭が目覚めるばかり連続って、その奥深く石段を上った小高い処に、本殿の屋根が夕日を受けながら黒く聳えている。参詣の人が二人三人と絶えず上り降りする石段の下には易者の・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・譬えば夢を見る人が、夢の感じの溢れたために、眼の覚めるのと同じように、この生活の夢の感じの力で、己は死に目覚めるのか。(息絶えて死の足許死。(首を振りつつ徐思えば人というものは、不思議なものじゃ。解すべからざるものをも解し、文に書かれぬ・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・青年ジイドは自身の裡に目覚める野獣的な慾望の力と揉み合いつつ、これまで自身が身につけていたと思う教育の威力や倫理や教義の無力を痛感した。彼はその責苦を手記の中に披瀝して、恐らく彼と同じ苦痛と疑惑に陥っているであろう「人々の役に立つよう、現し・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・ 肇は目覚めるとすぐ、 ああ、どっかへ行って見たい天気だなあ。と思った。 そして第一頭へ浮び出たのは千世子の処であった。 けれ共此頃あんまり千世子の処へ行きすぎたと云う事を自分でも知って居る肇は今日も行くと云う事・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・丁度、美術愛好者が、古代ギリシャ建築の明美な柱列を見た時、心を打れ、何はともあれ、アカンサスの葉で飾られた精緻な柱頭と、単純で力強い柱台とに注意を向けた如く、学徒が、狂暴な程、雑多な原質の目覚める青年期、不思議に還元的色彩を帯びる更年期を特・・・ 宮本百合子 「われを省みる」
出典:青空文庫