・・・それを強いてお目通りへ持って参れと御意なさるのはその好い証拠ではございませぬか?」 家康は花鳥の襖越しに正純の言葉を聞いた後、もちろん二度と直之の首を実検しようとは言わなかった。 二 すると同じ三十日の夜、・・・ 芥川竜之介 「古千屋」
・・・ この始末を聞いた治修は三右衛門を目通りへ召すように命じた。命じたのは必ずしも偶然ではない。第一に治修は聡明の主である。聡明の主だけに何ごとによらず、家来任せということをしない。みずからある判断を下し、みずからその実行を命じないうちは心・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・修理はじっと宇左衛門の顔を見ながら、一句一句、重みを量るように、「その前に、今一度出仕して、西丸の大御所様へ、御目通りがしたい。どうじゃ。十五日に、登城させてはくれまいか。」 宇左衛門は、黙って、眉をひそめた。「それも、たった一度じ・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・ と目通りで、真鍮の壺をコツコツと叩く指が、掌掛けて、油煙で真黒。 頭髪を長くして、きちんと分けて、額にふらふらと捌いた、女難なきにしもあらずなのが、渡世となれば是非も無い。「石油が待てしばしもなく、※じゃござりません。唯今、鼻・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ 従前は其藩にありて同藩士の末座に列し、いわゆる君公には容易に目通りもかなわざりし小家来が、一朝の機に乗じて新政府に出身すれば、儼然たる正何位・従何位にして、旧君公と同じく朝に立つのみならず、君公かえって従にして、家来正なるあり。なおな・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・その殿様というのはエラソウで、なかなか傲然と構えたお方で、お目通りが出来るどころではなく、御門をお通りになる度ごとに徳蔵おじが「こわいから隠れていろ」といい/\しましたから、僕は急いで、木の蔭やなんかへかくれるんです。ですがその奥さまという・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫