・・・この著者が読んだだろうと思われるあらゆる書物を読んだり読んでもらったりして、その中に見出される典拠や類型を拾い出すというのである。この盲人の根気と熱心に感心すると同時に、その仕事がどことなく私が今紙面の斑点を捜してはその出所を詮索した事に似・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
この頃ピエル・ヴィエイという盲目の学者の書いた『盲人の世界』というのを読んでみた。 私は自分の専門としている科学上の知識、従ってそれから帰納された「方則」というものの成立や意義などについて色々考えた結果、人間の五感のそ・・・ 寺田寅彦 「鸚鵡のイズム」
・・・さらにまた、盲人の触感は猫の毛の「光沢」を識別し、贋造紙幣を「発見」する。しかし、物の表面の「粗度」の物理的研究はまだ揺籃時代を過ぎない。これほどに有力な感官の分析総合能力が捨てて顧みられない一つの理由は、その与えるデータが数量的でないため・・・ 寺田寅彦 「感覚と科学」
・・・これはどういう訳だか分らないが、例えば盲人が暗算をやる時に無意識に指先をふるわしているといくらか似た事かもしれない。 Z町の停留場で下りようとして切符を渡すと、それをあらためた車掌が、さらにもう一つパンチを入れてそれと見較べて「これはち・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・おとするものは――アと歌って、盲人は首をひょいと前につき出し顔をしかめて、 鐘――エエばアかり――という一番高い節廻をば枯れた自分の咽喉をよく承知して、巧に裏声を使って逃げてしまった。 夕日が左手の梅林から流れて盲人の横顔を照す・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・ (我が輩かつていえらく、打候聴候は察病にもっとも大切なるものなれども、医師の聴機穎敏ならずして必ず遺漏あるべきなれば、この法を研究するには、盲人の音学に精 ひとり医学のみならず、理学なり、また文学なり、学者をして閑を得せしめ、また・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・ 亀の尾を打った者は、打ち様によって死んで仕舞う位だからきっと、躰を動かす働きが頭の中から悪くなってしまったのだろうと思った。 盲人だと云ってもいい位の体の上にまたこんな事になられては、生きて居る甲斐がない。栄蔵は、絶えず激しい不安・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・村のすべての人々がまるで盲人のように触感で生活し、皆が何物かを恐れ、互に信ぜず、何か狼のようなものが彼等の中にある。」ゴーリキイにとっては「理性的に生活しようと欲する人々を何故あれ程執拗に愛さないのかを、理解するのが困難であった。」労働者と・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫