・・・じつに彼らは、抑えても抑えても抑えきれぬ自己その者の圧迫に堪えかねて、彼らの入れられている箱の最も板の薄い処、もしくは空隙に向ってまったく盲目的に突進している。今日の小説や詩や歌のほとんどすべてが女郎買、淫売買、ないし野合、姦通の記録である・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・恋は盲目だという諺もあるが、お繁さんに於ける予に恋の意味はない筈なれども、幾分盲目的のところがあったものか、とにかく学生時代の友人をいつまで旧友と信じて、漫に訪問するなどは警戒すべきであろう。聞けば渋川も一寸の事ではあるが大いに不快であった・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・そして、穴の外へ盲目的に這い上ろうとした。「俺は死にたくない!」彼は全身でそう云った。 将校は血のついた軍刀をさげたまゝ、再び軍刀をあびせかけるその方法がないものゝように、ぼんやり老人を見た。 兵卒は、思わず、恐怖から身震いしながら・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・陳い習慣の抜殻かも知れないが、普通道徳を盲目的に追うている間は、時としてこれに似たような感じの伴うこともあった。あの情味が新開眼の自己道徳には伴わない。要するに新旧いずれに就くも、実行的人生の理想の神聖とか崇高とかいう感じは消え去って、一面・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・の基本には、そんな素朴な命題があって、思考も、探美も、挨拶も、みんなその上で行われているもので、こんなに毎晩毎晩、同じように、寝そべりながら虚栄の挨拶ばかり投げつけ合っているのは、ずいぶん愚かな、また盲目的に傲慢な、あさましいことではないの・・・ 太宰治 「花燭」
・・・自ら称して、盲目的愛情。君が死ねば、君の空席が、いつまでも私の傍に在るだろう。君が生前、腰かけたままにやわらかく窪みを持ったクッションが、いつまでも、私の傍に残るだろう。この人影のない冷い椅子は、永遠に、君の椅子として、空席のままに存続する・・・ 太宰治 「思案の敗北」
・・・ 社会制裁の目茶目茶は医師のはんらんと、小市民の医師の良心に対する盲目的信仰より起った。たしかに重大の一因である。ヴェルレエヌ氏の施療病院に於ける最後の詩句、「医者をののしる歌。」を読み、思わず哄笑した五年まえのおのれを恥じる。厳粛・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・ラプンツェルは魔の森に生れ、蛙の焼串や毒茸などを食べて成長し、老婆の盲目的な愛撫の中でわがまま一ぱいに育てられ、森の烏や鹿を相手に遊んで来た、謂わば野育ちの子でありますから、その趣味に於いても、また感覚に於いても、やはり本能的な野蛮なものが・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・それにしても彼が幼年時代から全盛時代の今日までに、盲目的な不正当なショーヴィニズムから受けた迫害が如何に彼の思想に影響しているかは、あるいは彼自身にも判断し難い機微な問題であろう。 桑木博士と対話の中に、蒸気機関が発明されなかったら人間・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ 人間を理解し人間を向上させるためには、盲目的に嘆美してはならないし、没分暁に非難してもならないと同様に、一つの学説を理解するためには、その短所を認める事が必要であると同時に、そのためにせっかくの長所を見のがしてはならない。これはあまり・・・ 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
出典:青空文庫