・・・ 到頭中央局へ廻ったが、さて窓口まで来ると、何を想い出したのか、また原稿を取り出して、「一寸、終りの方を直すから――」 そして一時間も窓口で原稿を訂正していた。 やっと式場へかけつけ、花嫁側に、仕事にかけるとこんな男ですから・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・彼女は化粧を直すため、鏡台の前で、ハンドバッグをあけるだろう。その中には仁丹の袋がはいっている。仁丹を口に入れて、ポリポリ噛みながら、化粧して、それから、ベッドへ行くだろう。パトロンの舌には半分融けかかった仁丹がいくつもくっつく……。しかし・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・と言って志村はそのまま再び腰を下ろし、もとの姿勢になって、「書き給え、僕はその間にこれを直すから。」 自分は画き初めたが、画いているうち、彼を忌ま忌ましいと思った心は全く消えてしまい、かえって彼が可愛くなって来た。そのうちに書き終っ・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・そういうとき、本当に愛し合ったいろいろの思い出は愛を暖め直すし、またあきらめがつく。あれだけ愛したのだものをと思わせる。そうしているうちには、もともと人生と人間とを知ること浅く、無理な、過大な要求を相手にしているための不満なのだから、相方が・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・ 最近の人間学的な倫理学の方向が、この社会幸福主義を性質的に高め、浄化させんがために、一方では人格主義の、いわゆる人格の意味を、個人主義的な桎梏から解放して、これは社会的人間に鋳直すことにより、人格主義と社会幸福主義とを、本質的に止揚し・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・安全装置を直すのを忘れていたのだ。「どうした、どうした?」 ピストルに吃驚した竹内が歩哨小屋から靴をゴト/\云わして走せて来た。 栗本は黙って安全装置を戻し、銃をかまえた。橇は滑桁の軋音を残して闇にまぎれこんだ。馬の尻をしぶく鞭・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・暮れから道路工事の始まっていた電車通りも石やアスファルトにすっかり敷きかえられて、橡の並み木のすがたもなんとなく見直す時だ。私は次郎と二人でその新しい歩道を踏んで、鮨屋の店の前あたりからある病院のトタン塀に添うて歩いて行った。植木坂は勾配の・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・むかし、ばらばらに取り壊し、渾沌の淵に沈めた自意識を、単純に素朴に強く育て直すことが、僕たちの一ばん新しい理想になりました。いまごろ、まだ、自意識の過剰だの、ニヒルだのを高尚なことみたいに言っている人は、たしかに無智です。」「やあ。」男・・・ 太宰治 「花燭」
・・・ と聞き直すように小頸をかしげて私のほうを見て、当惑そうに幽かに笑いました。聞えないのです。急湍は叫喚し怒号し、白く沸々と煮えたぎって跳奔している始末なので、よほどの大声でなければ、何を言っても聞えないのです。私は、よほどの大声で、「毎日た・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・例えば下宿のおかみさんなどが、呼鈴や、その電池などの故障があったとき少しの故障なら、たいてい自分で直すのであった。当時はもちろん現在の日本でも、そういう下宿のお神さんはたぶん比較的に少ないであろうと思われる。室内電燈のスウィッチの、ちょっと・・・ 寺田寅彦 「家庭の人へ」
出典:青空文庫