・・・が、相手の祈祷していることは直にそれと察せられたらしい。女は神父を眺めたまま、黙然とそこに佇んでいる。 堂内は不相変ひっそりしている。神父も身動きをしなければ、女も眉一つ動かさない。それがかなり長い間であった。 その内に神父は祈祷を・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・手にとっても直にまたしまってしまう。同じ長崎煙草が、金無垢の煙管でのんだ時ほど、うまくないからである。が、煙管の地金の変った事は独り斉広の上に影響したばかりではない。三人の忠臣が予想した通り、坊主共の上にも、影響した。しかし、この影響は結果・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・されど心の眼さときものは肉に倚らずして直に愛の隠るる所を知るなり。聖処女の肉によらずして救主を孕み給いし如く、汝ら心の眼さときものは聖霊によりて諸善の胎たるべし。肉の世の広きに恐るる事勿れ。一度恐れざれば汝らは神の恩恵によりて心の眼さとく生・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・を有し、自己の生活を統一するに実業家のごとき熱心を有し、そうしてつねに科学者のごとき明敏なる判断と野蛮人のごとき卒直なる態度をもって、自己の心に起りくる時々刻々の変化を、飾らず偽らず、きわめて平気に正直に記載し報告するところの人でなければな・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・ここは佃町よ、八幡様の前を素直に蓬莱橋を渡って、広ッ場を越した処だ、可いか、私は早船の船頭で七兵衛と謂うのだ。」「あの蓬莱橋を渡って、おや、そう、」と考える。「そうよ、知ってるか、姉やは近所かい。」「はい。……いいえ、」といって・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・そっとしておいてあげないと、お医師が見えて、私が立廻ってさえ、早や何か御自分の身体に異ったことがあるのかと思って、直に熱が高くなりますからね。 それでなくッてさえ熱がね、新さん四十度の上あるんです。少し下るのは午前のうちだけで、もうおひ・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・機に触れて交換する双方の意志は、直に互いの胸中にある例の卵に至大な養分を給与する。今日の日暮はたしかにその機であった。ぞっと身振いをするほど、著しき徴候を現したのである。しかし何というても二人の関係は卵時代で極めて取りとめがない。人に見られ・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ 文壇というものがあって、そこに於て取扱われる問題は、何なりとも、私は、それに係わらず、自己の思念を抂げず、広い社会に向って、呼びかける――それを直に芸術ときめて来たのです。 現在芸術に於て取扱われているもの、一つとして人生のためな・・・ 小川未明 「自分を鞭打つ感激より」
・・・誰でもが自分の生活を享楽と、総て喜びでありたいと願うだろうが、併しそれは、健康な者が常に健康ではあり得ないように、少しの間隙が生ずれば、直に不安は襲うて来るであろう。又それは、明るみを歩む人間に、常に暗い影が伴い、喜びの裡に悲しみの潜むのと・・・ 小川未明 「波の如く去来す」
・・・サアこれからだ、所謂る額に汗するのはこれからだというんで直に着手したねエ。尤も僕と最初から理想を一にしている友人、今は矢張僕と同じ会社へ出ているがね、それと二人で開墾事業に取掛ったのだ、そら、竹内君知っておるだろう梶原信太郎のことサ……」・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
出典:青空文庫