・・・ 例えば海の水を描くとか、或は真夏の山を描くとか、又は森の深緑に光線の直射しているところを描くとか、それ等は真実動いているように見える。けれども、それに依って刹那の前後の気持は現われても、それ以上時間的に現わすと云うことは、どうも絵画の・・・ 小川未明 「動く絵と新しき夢幻」
夏の晩方のことでした。一人の青年が、がけの上に腰を下ろして、海をながめていました。 日の光が、直射したときは、海は銀色にかがやいていたが、日が傾くにつれて、濃い青みをましてだんだん黄昏に近づくと、紫色ににおってみえるのでありました・・・ 小川未明 「希望」
・・・しかし直射光線には偏頗があり、一つの物象の色をその周囲の色との正しい階調から破ってしまうのである。そればかりではない。全反射がある。日蔭は日表との対照で闇のようになってしまう。なんという雑多な溷濁だろう。そしてすべてそうしたことが日の当った・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
一 秋の初の空は一片の雲もなく晴て、佳い景色である。青年二人は日光の直射を松の大木の蔭によけて、山芝の上に寝転んで、一人は遠く相模灘を眺め、一人は読書している。場所は伊豆と相模の国境にある某温泉である。 渓流の音が遠く聞ゆる・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・どの顔にも久しく太陽の直射を受けない蒼白さと、病人らしいむくみがあった。その顔に銃と、弾薬盒と、剣は、どう見ても似つかわしくなかった。 珍らしく晴れ渡った朝だ。しかし、下って行く者は、それをたのしむ色はなく、顔は苦りきっていた。 中・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・私は、またそれをよいことにして、貧ゆえでなく、いや、それもあるが、わざと窓にカアテンを取り附けず、この朝日の直射を、私の豪華な目ざまし時計と誇称して、日光の氾濫と同時に跳ね起きる。早起は、このようにして、どうやら無事であるが、早寝には、閉口・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・西日が窓越しに看護婦の白衣と車の上のニッケルに直射する。見る目が痛い。手術される人はそれがなお痛いことであろう。 病院で手術した患者の血や、解剖学教室で屍体解剖をした学生の手洗水が、下水を通して不忍池に流れ込み、そこの蓮根を肥やすのだと・・・ 寺田寅彦 「病院風景」
・・・ 赤熱しない許りに焼けた、鉄デッキと、直ぐ側で熔鉱炉の蓋でも明けられたような、太陽の直射とに、「又当てられた」んだろうと、仲間の者は思った。 水夫たちは、デッキのカンカンをやっていたのだった。 丁度、デッキと同じ大きさの、熱した・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・そのきっかけに私は机の前を立って、縁側に出た。直射する光線を嫌う私の机は、北向の小部屋の隅にある。何処となく薄ら時雨れた日、流石に自分もぬくぬくとした日向のにおいが恋しく感じられたのである。来年の花の用意に、怠りなく小さい芽を育てて居る蘭の・・・ 宮本百合子 「餌」
・・・揺れると音が立ち、日が直射すると虹さえ浮き立ちそうな色だ。 彼方の清らかな棚におさまっている瀟洒な平瓶。薄みどりの優雅な花汁。 東洋趣味と鋭い西洋趣味との特殊な調和を見せている黒地総花模様の飾瓶などを眺めていると、私の胸には複雑な音・・・ 宮本百合子 「小景」
出典:青空文庫