・・・私の或る四十枚の小説は発表直後、はじめから終りまで全文削除を命じられた。また或る二百枚以上の新作の小説は出版不許可になった事もあった。しかし、私は小説を書く事は、やめなかった。もうこうなったら、最後までねばって小説を書いて行かなければ、ウソ・・・ 太宰治 「十五年間」
僕は、女をひとり、殺した事があるんです。実にあっけなく、殺してしまいました。 終戦直後の事でした。僕は、敗戦の前には徴用で、伊豆の大島にやられていまして、毎日毎日、実にイヤな穴掘工事を言いつけられ、もともとこんな痩せ細・・・ 太宰治 「女類」
・・・印刷所と申しましても、工場には主人と職工二人とそれから私と四人だけ働いている小さい個人経営の印刷所で、チラシだの名刺だのを引受けて刷っていたのでございますが、ちょうどその頃は日露戦争の直後で、東京でも電車が走りはじめるやら、ハイカラな西洋建・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・彼、答へて、子よ、われ此にあり、といひければ、 ――創世記二十二ノ七 義のために、わが子を犠牲にするという事は、人類がはじまって、すぐその直後に起った。信仰の祖といわれているアブラハムが・・・ 太宰治 「父」
・・・長兄が代議士に当選して、その直後に選挙違犯で起訴された。私は、長兄の厳しい人格を畏敬している。周囲に悪い者がいたのに違いない。姉が死んだ。甥が死んだ。従弟が死んだ。私は、それらを風聞に依って知った。早くから、故郷の人たちとは、すべて音信不通・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・ さちよは、高須に気がつかず、未だ演技直後の興奮からさめ切らぬ様子で、天井あおいでヒステリックな金切声たてて笑いこけていた。「ちょっと、あなた、ごめんなさい。」 耳もとで囁き、大きい黒揚羽の蝶が、ひたと、高須の全身をおおい隠し、・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・ 母はおちぶれても、おいしいものを食べなければ生きて行かれないというたちのひとだったので、対米英戦のはじまる前に、早くも広島辺のおいしいもののたくさんある土地へ娘と一緒に疎開し、疎開した直後に私は母から絵葉書の短いたよりをもらったが、当・・・ 太宰治 「メリイクリスマス」
・・・ 突発した事件の目撃者から、その直後に聞き取ったいわゆる証言でも大半は間違っている。これは実験心理学者の証明するとおりである。そのいわゆる実見談が、もう一人の仲介者を通じて伝えられる時は、もう肝心の事実はほとんど蒸発してしまって、他のよ・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・を拝して来た直後のことなのである。 カバンは夏目先生からの借りものであった。先生が洋行の際に持って行って帰った記念品で、上面にケー・ナツメと書いてあるのを、新調のズックのカヴァーで包み隠したいかものであった。その中にぎっしり色々の品物を・・・ 寺田寅彦 「チューインガム」
・・・ 災害直後時を移さず政府各方面の官吏、各新聞記者、各方面の学者が駆付けて詳細な調査をする。そうして周到な津浪災害予防案が考究され、発表され、その実行が奨励されるであろう。 さて、それから更に三十七年経ったとする。その時には、今度の津・・・ 寺田寅彦 「津浪と人間」
出典:青空文庫