・・・馘首と生活不安に直面している国鉄数十万の従業員そのものの関心の半ばが、きょうもあすもと推理の種をひろげる下山事件の謎にひっぱりこまれている。これは実にたくみな群集心理の階級的な誘導である。下山氏の死が、自殺か他殺か、明らかにされない条件は、・・・ 宮本百合子 「「推理小説」」
・・・ 現代の若い心は、さけがたいそれ等の義務に直面していて、雄々しくそれを果していると思う。戦争が世界的な規模になって来ている今、若い世代は次第に沈着にめいめいの運命を担って最善をそこにつくしてゆく健気な心になっている。友情もそれらの波瀾を・・・ 宮本百合子 「生活者としての成長」
・・・丁度そのころの日本の若い精神がその青春の嵐とともに直面していた歴史的な波瀾だの、そのことと弟の内生活の相剋だのの点には、余りふれられていなかったが、愛する息子を喪ったもう若くない父親が、八月の蒸し暑い雨の夜、その雨のしずくに汗と涙を交えて頬・・・ 宮本百合子 「父の手紙」
・・・それでいて、一旦そこに身をおいてみると、初めて女として様々のむずかしい問題に直面しなければならなくなって来て、その解決によりどころとなるものが非常に失われているというのが、今日の若い女の社会条件の困難さだと思う。 どんな娘さんも自分とし・・・ 宮本百合子 「若い娘の倫理」
・・・また透明であればあるほどそこにガラスのあることが気づかれないと同様に、透明な表現もその表現の苦心とか巧みさとかを意識させず、ただ端的に表現されたものに直面せしめる。それに反して警抜な表現とか巧みさを感じさせる言い回しとかは、ちょうど色のつい・・・ 和辻哲郎 「歌集『涌井』を読む」
出典:青空文庫