・・・ 半之丞は誰に聞いて見ても、極人の好い男だった上に腕も相当にあったと言うことです。けれども半之丞に関する話はどれも多少可笑しいところを見ると、あるいはあらゆる大男並に総身に智慧が廻り兼ねと言う趣があったのかも知れません。ちょっと本筋へは・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・「まずこれなら相当の成績でございます。私もお頼まれがいがあったようなものかと思いますが、いかがな思召しでしょう」 矢部は肥っているだけに額に汗をにじませながら、高縁に腰を下ろすと疲れが急に出たような様子でこう言った。父にもその言葉に・・・ 有島武郎 「親子」
・・・御婦人、紳士方が、社会道徳の規律に因って、相当の御制裁を御満足にお加えを願う。それは甘んじて受けます。 いずれも命を致さねばなりますまい。 それは、しかし厭いません。 が、ただここに、あらゆる罪科、一切の制裁の中に、私が最も苦痛・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ 何ほど恐怖絶望の念に懊悩しても、最後の覚悟は必ず相当の時機を待たねばならぬ。 豪雨は今日一日を降りとおして更に今夜も降りとおすものか、あるいはこの日暮頃にでも歇むものか、もしくは今にも歇むものか、一切判らないが、その降り止む時刻に・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・実業界に徳望高い某子爵は素七 小林城三 椿岳は晩年には世間離れした奇人で名を売ったが、若い時には相当に世間的野心があってただの町人では満足しなかった。油会所時代に水戸の支藩の廃家の株を買って小林城三と改名し、水戸家に金千両を・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・そして又此れは独り能力のみに限らず時間的にも相当の際限は免れないのである。斯く思えば感覚の生活もやがて亡びて了うという事実も予想せずには居られない。 人間として生れて来た以上は、肉体に於ても、又精神に於ても各々其の経験を出来得る限り多く・・・ 小川未明 「絶望より生ずる文芸」
・・・それに、女の斜眼は面と向ってみると、相当ひどく、相手の眼を見ながら、物を言う癖のある私は、間誤つかざるを得なかった。 暫らく取りとめない雑談をした末、私は機を求めて、雨戸のことを申し出た。だしぬけの、奇妙な申し出だった故、二人は、いえ、・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・がまさかそうとは考えなかったもんだから、相当の人格を有して居られる方だろうと信じて、これだけ緩慢に貴方の云いなりになって延期もして来たような訳ですからな、この上は一歩も仮借する段ではありません。如何なる処分を受けても苦しくないと云う貴方の証・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧えつけていた。焦躁と言おうか、嫌悪と言おうか――酒を飲んだあとに宿酔があるように、酒を毎日飲んでいると宿酔に相当した時期がやって来る。それが来たのだ。これはちょっといけなかった。結果した肺尖カタ・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・あその条規も格別に、これとむつかしいことはなく、ただその閣令を出す必要は、その法令を規定したすべての条件を具えたものには、早速払い下げを許可するが、そうでないものをば一斉に書面を却下することとし、また相当の条件を具えた書面が幾通もあるときは・・・ 川上眉山 「書記官」
出典:青空文庫