・・・今昔の相違これを名けて人智の進歩時勢の変遷と言う。学者の注意す可き所のものなり。左れば我輩は女大学を見て女子教訓の弓矢鎗剣論と認め、今日に於て毫も重きを置かずと雖も、論旨の是非は擱き、記者が女子を教うるの必要を説く其熱心に至りては唯感服の外・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・して見れば張三も李四も人は人に相違なけれど、是れ人の一種にして真の人にあらず。されば未だ全く人の意を見わすに足らず。蓋し人の意は我脳中の人に於て見わるるものなれど、実際箇々の人に於て全く見わるるものにあらず。其故如何と尋るに、実際箇々の人に・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・そいつらを皆病気に罹らせて自分のように朝晩地獄の責苦にかけてやったならば、いずれも皆尻尾を出して逃出す連中に相違ない。とにかく自分は余りの苦みに天地も忘れ人間も忘れ野心も色気も忘れてしもうて、もとの生れたままの裸体にかえりかけたのである。諸・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・「ぬすとはたしかに盗森に相違ない。おれはあけがた、東の空のひかりと、西の月のあかりとで、たしかにそれを見届けた。しかしみんなももう帰ってよかろう。粟はきっと返させよう。だから悪く思わんで置け。一体盗森は、じぶんで粟餅をこさえて見たくてた・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
・・・山の岩石の構造の相違やそこを登攀する技術の相違や雪の質、氷河の性質等に就いてカメラがもっと科学的に活用されていたらばあれだけの長さの内容をもっと豊富にし得たであろう。 ソヴェト同盟のシュミット博士一行の極地探険の記録映画は誠に感銘深いも・・・ 宮本百合子 「イタリー芸術に在る一つの問題」
・・・ただ昔と今との相違は文壇の外に居るので、新聞紙で名を弄ばれる憂が少いだけだ。荘子に虚舟の譬がある。今の予は何を言っても、文壇の地位を争うものでないから、誰も怒るものは無い。彼虚舟と同じである。さればと云って、読者がもし予を以て文壇に対して耳・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・宅の主人に相違ございません。 男。まあ、それはそれでよろしゅうございます。そこでなんだってあんな狂言をなすったのです。あのお見せになった写真の好男子は誰ですか。 女。あの写真はロンドンで二シルリングかそこらで買ったのでございます。わ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・屋根の虫は丁度その濡れた旅人の蓑のような形をしているに相違ないと灸は考えた。 雨垂れの音が早くなった。池の鯉はどうしているか、それがまた灸には心配なことであった。「雨こんこん降るなよ。 屋根の虫が鳴くぞよ。」 暗い外・・・ 横光利一 「赤い着物」
・・・この様式もいつの時かに始まり、そうして後に固定したものに相違ない。が、その謎めいて古い起源が我々には魔力的に感ぜられるのである。 和辻哲郎 「アフリカの文化」
出典:青空文庫