・・・かくして人心に向上の念がある以上、永久にローマン主義の存続を認むると共に、総ての真に価値を発見する自然主義もまた充分なる生命を存して、この二者の調和が今後の重なる傾向となるべきものと思うのであります。 近頃教育者には文学はいらぬというも・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・本当に物事を考えて真に或物を掴めば、自ら他によって表現することのできない言表が出て来るものである。 日本語ほど、他の国語を取り入れてそのまま日本化する言語は少いであろう。久しい間、我々は漢文をそのままに読み、多くの学者は漢文書き下しによ・・・ 西田幾多郎 「国語の自在性」
・・・彼らの姿は、真に幻想的な詩題であった。だが日本の兵士たちは、もっと勇敢で規律正しく、現実的な戦意に燃えていた。彼らは銃剣で敵を突き刺し、その辮髪をつかんで樹に巻きつけ、高粱畠の薄暮の空に、捕虜になった支那人の幻想を野曝しにした。殺される支那・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・ところが真に受ける奴は一人も無い。馬鹿にして笑ってけつかる。それにいつでも生憎手近に巡査がいて、おれの頸を攫んで引っ立てて行きゃあがった。それから盲もやってみた。する事の無い職人の真似もしてみた。皆駄目だ。も一つ足なしになって尻でいざると云・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・ 旧幕府の末年に、天下有志の士と唱うる人物の内には、真に攘夷家もあり、また真に開国家もあり。この開攘の二家ははじめより元素を殊にする者なれば、理において決して抱合すべきに非ざれども、当時の事情紛紜に際し、幕府に敵するの目的をもって、暫時・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・ 実際自分がツルゲーネフを翻訳する時は、力めて其の詩想を忘れず、真に自分自身其の詩想に同化してやる心算であったのだが、どうも旨く成功しなかった。成功しなかったとは云え、標準は矢張り其処にあったのである。但だ、自分が其の間に種々と考えて見・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・家庭は、既に強権によって、破壊されている。真に人間の心と体とが暖り合う家庭を破壊しながら、あらゆる社会的困難が発生すると、女子はすぐ家庭へ帰れるかのように責任回避して語られる。けれども、私たちの現実は、どうであろう。私たちに、もし帰る家庭が・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・鼠坂の名、真に虚しからずである。 その松の木の生えている明屋敷が久しく子供の遊場になっていたところが、去年の暮からそこへ大きい材木や、御蔭石を運びはじめた。音羽の通まで牛車で運んで来て、鼠坂の傍へ足場を掛けたり、汽船に荷物を載せる Cr・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・雁を見てなげいたという話は真に……雁、雁は翼あって……のう」 だが身贔負で、なお幾分か、内心の内心には「まさか殺されはせまい」の推察が虫の息で活きている。それだのに涙腺は無理に門を開けさせられて熱い水の堰をかよわせた。 このままでや・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・だけでは何にもならない、真に知ることが、体得することが、重大なのだ。――これは古い言葉である。しかし私は時々今さららしくその心持ちを経験する。 ――誰でも自分自身のことは最もよく知っている。そして最も知らないのはやはり自己である。「汝自・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫