・・・ 新京極に折れると、たてた戸の間から金盥を持って風呂へ出かけてゆく女の下駄が鳴り、ローラースケートを持ち出す小店員、うどんの出前を運ぶ男、往来の真中で棒押しをしている若者などが、異様な盛り場の夜更けを見せている。昼間は雑閙のなかに埋れて・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・城山の麓にて撞く鐘雲に響きて、屋根瓦の苔白きこの町の終より終へともの哀しげなる音の漂う様は魚住まぬ湖水の真中に石一個投げ入れたるごとし。 祭の日などには舞台据えらるべき広辻あり、貧しき家の児ら血色なき顔を曝して戯れす、懐手して立てるもあ・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・ やがて、彼等は、まだぬくもりが残っている豚を、丸太棒の真中に、あと脚を揃えて、くゝりつけ、それをかついで炊事場へ持ちかえった。逆さまに吊られた口からは、血のしずくが糸を引いて枯れ草の平原にポタ/\と落ちた。「お前ら、出て行くさきに・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・船頭は魚を掬って、鉤を外して、舟の丁度真中の処に活間がありますから魚を其処へ入れる。それから船頭がまた餌をつける。「旦那、つきました」と言うと、竿をまた元へ戻して狙ったところへ振込むという訳であります。ですから、客は上布の着物を着ていても釣・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・ その通りはこころもち上りになっていて、真中を川が流れていた。小さい橋が二、三間おきにいくつもかけられている。人通りが多かった。明るい電燈で、降ってくる雪片が、ハッキリ一つ一つ見えた。風がなかったので、その一つ一つが、いかにものんきに、・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・あの魚河岸ですら最早東京の真中にはなくて、広瀬さんはじめ池の茶屋の人達が月島の方へ毎朝の魚の買出しに出掛けるとは、お三輪には信じられもしなかった。 閻魔堂の前から、新七達の働いている食堂の横手がよく見える。近くにはアカシヤのわくら葉が静・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・ 船は追手の風で浪の上をすらすらと走って、間もなく大きな大海の真中へ出ました。 そうすると、さっきのむく犬が、用意してある百樽のうじ虫をみんな魚におやりなさいと言いました。ウイリイはすぐに樽をあけて、うじ虫をすっかり海へ投げこみまし・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・彼女の身内を貫いて、丁度満月の時、海の真中からゆらぎ出す潮のように、新たな、云うに云われない感覚が、流れました。スバーは、我と我身を顧みました。自分に問をかけても見ました、が、合点の行く答えは、何処からも来ません。 或る満月の晩おそく、・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・駅は田畑の真中に在って、三島の町の灯さえ見えず、どちらを見廻しても真暗闇、稲田を撫でる風の音がさやさや聞え、蛙の声も胸にしみて、私は全く途方にくれました。佐吉さんでも居なければ、私にはどうにも始末がつかなかったのです。汽車賃や何かで、姉から・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・道路の真中に大きな樹のあるのを切残してあるのも愉快である。 スイスあたりの山のホテルを想わせるような帝国ホテルは外側から観賞しただけで梓川の小橋を渡り対岸の温泉ホテルという宿屋に泊った。新築別館の二階の一室に落ちついた頃は小雨が一時止ん・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
出典:青空文庫