・・・羲之の書をデモ書家が真似したとて其筆意を取らんは難く、金岡の画を三文画師が引写にしたればとて其神を伝んは難し。小説を編むも同じ事也。浮世の形を写すさえ容易なことではなきものを況てや其の意をや。浮世の形のみを写して其意を写さざるものは下手の作・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・春風馬堤曲とは支那の曲名を真似たるものにて、そのかく名づけしゆえんは蕪村の書簡に詳らかなり。書簡に曰く一春風馬堤曲余幼童之時春色清和の日には必ず友どちとこの堤上にのぼりて遊び候水には上下の船あり堤には往来の客ありその中には田舎娘・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ビジテリアン諸氏が折角菜食を実行し又宣伝するのを見た処で感服はしても容易に真似はしない。則ち肉類の需要が減ずるものでもなし又私たちの組合がこわれたり会社が破産したりするものではない。だから一向反対宣伝も要らなければこの軽業テントの中に入って・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・山内義雄氏の翻訳で、どっさりの人に愛読されていたものであったが、ドイツのナチズムとイタリーのファシズムの真似一点ばりだった当時の日本の政府は、敵性の文学であるという理由で、それから益々興味ふかくなる第八巻からあとの出版をさせなかった。「・・・ 宮本百合子 「生きつつある自意識」
・・・中には実際は危険思想家になっていながら、信仰のないのに信仰のある真似をしたり、宗教の必要を認めないのに、認めている真似をしている。実際この真似をしている人は随分多い。そこでドイツの新教神学のような、教義や寺院の歴史をしっかり調べたものが出来・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・ 一人は五十前後だろう、鬼髯が徒党を組んで左右へ立ち別かれ、眼の玉が金壺の内ぐるわに楯籠り、眉が八文字に陣を取り、唇が大土堤を厚く築いた体、それに身長が櫓の真似して、筋骨が暴馬から利足を取ッているあんばい、どうしても時世に恰好の人物、自・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・灸は突然犬の真似をした。そして、高く「わん、わん。」と吠えながら女の子の足元へ突進した。女の子は恐わそうな顔をして灸の頭を強く叩いた。灸はくるりとひっくり返った。「エヘエヘエヘエヘ。」とまた女の子は笑い出した。 すると、灸はそのまま・・・ 横光利一 「赤い着物」
出典:青空文庫