・・・ 渋谷の金王桜の評判が、洗湯の二階に賑わう頃、彼は楓の真心に感じて、とうとう敵打の大事を打ち明けた。すると思いがけなく彼女の口から、兵衛らしい侍が松江藩の侍たちと一しょに、一月ばかり以前和泉屋へ遊びに来たと云う事がわかった。幸、その侍の・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・ としみじみ労って問い慰める、真心は通ったと見えまして、少し枕を寄せるようにして、小宮山の方を向いて、お雪は溜息を吐きましたが、「貴方は東京のお方でございますってね。」「うむ、東京だ、これでも江戸ッ児だよ。」「あの、そう伺い・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・きっと、これは母の怒りであろうと思いましたから、子供は、懇ろに母親の霊魂を弔って、坊さんを呼び、村の人々を呼び、真心をこめて母親の法事を営んだのでありました。 明くる年の春、またりんごの花は真っ白に雪のごとく咲きました。そして、夏には、・・・ 小川未明 「牛女」
・・・と、娘は、真心をこめていいました。「わたしのことなら、どうぞおかまいなく……。」といって、少女は、とっとっとあちらへ去ってしまいました。 その晩は、雨になりました。娘は、うす暗い家のうちで、赤ん坊の守りをしながら、先刻、前を通ったや・・・ 小川未明 「海からきた使い」
・・・そして、お母さんの、真心からの教えが、「お母さんのことは、心配しなくていいから、よくおつとめなさい。」と、おっしゃったことが、頭の中にはっきりと浮かんできました。 たとえ、これから家へ帰れても、この雪では、明日の中に東京へ帰ることは・・・ 小川未明 「真吉とお母さん」
・・・と、二人はしんせつに、なにからなにまで、およぶかぎり真心を尽くしてくれました。 宝石商は、このお礼になにをやったらいいだろうと思いました。彼は、自分の持っている宝石の一つを、この家のものに与えたなら、どんなに一家のものが幸福になろうと考・・・ 小川未明 「宝石商」
・・・しかしこれは協同する真心というので、必ずしも働く腕、才能をさすのではない。妻が必ず職業婦人になって、夫の収入に加えねばならぬというのではない。働く腕、金をとる才能のあることがかえって夫婦愛を傷つける場合は少なくないし、またあまりそういう働き・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・ただわずかに人の真心――誠というものの一切に超越して霊力あるものということを思い得て、「一心の誠というものは、それほどまでに強いものでしょうかナア。」と真顔になって尋ねた。中村はニヤリと笑った。「誠はもとより尊い。しかし準備もま・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・さて又丹下、今一度ただ今のように真心籠めて礼を致してノ、自分の申したる旨御用い下されと願え。それがしも共に願うて遣わす、斯くの通り。」と、小山を倒すが如くに大きなる身を如何にも礼儀正しく木沢の前に伏せれば、丹下も改めて、「それがしが・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・ 四 その夜の真心 前説と同様な意味で、この映画はたとえ何十回競馬を見物に行っても味わうことの六かしいと思われる競馬というスポーツの最高度のスリルを味わわせる映画で、すべての物語の筋道などは、ただこのクライマックス・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(5[#「5」はローマ数字、1-13-25])」
出典:青空文庫