・・・その眼は、私たち若いものの善意を信頼して真率な光にみちていた。詮策ぽく細められてもいないし、厳しく見据えられてもいない。それは本当に心の窓という風で、私はそこから偶然自分に向って注がれる視線にあうと、さあっと暖い血汐が体の中を流れるように感・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・然し、眼の中にか声の響の中にかどこかに、この暖かさ、善良さ、心持よい真率さがのこって生きている。ロシアの女優にとって生粋にロシア女であるラネフスカヤを演じることは自然だ。自然に生活の中にあるが儘に演出することがチェホフの劇作の力点であった。・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
・・・れらの本は、文学では生産文学、素材主義の文学が現れて生活の実感のとぼしさで人々の心に飢渇を感じさせはじめた時、玄人のこしらえものよりも、素人の真実な生活からの記録がほしいという気持から、女子供の文章の真率の美がやや感傷的に評価されはじめたと・・・ 宮本百合子 「女性の書く本」
・・・働き着の面白さは、働きそのものを遊戯化しポーズ化した連想からの思いつきによってもたらされるものではなくて、やはり真率に働きの目的と必要とに応えて材料の質も吟味された上、菅笠で云えばその赤い紐というような風情で、考案されて行くべきなのだろうと・・・ 宮本百合子 「生活のなかにある美について」
・・・ 真率な、健康な理性と情感とをもつ若い世代は、自身が歴史の火に負うている課題として、出来るだけ、恋愛と結婚とを一本の道の上に置くように行為すべきであると思う。ここで一本の道の上というのは、一から二への直接の移行という意味ではない。それぞ・・・ 宮本百合子 「成長意慾としての恋愛」
・・・その発見と表現とその技法について語っている。別の言葉で云えば、自己の偉大さの秘密を、すっかり打ち開いている。その真率さにおいて益々彼は偉大であり、到達しがたい価値を感じさせるのである。 ゴッホの手紙は、どうだろう。セザンヌが絵に関して云・・・ 宮本百合子 「「青眉抄」について」
・・・ この表情は、これほど真率に、凝集して現れているのを見たことは稀だとしても、今日の日本の青年たちの毎日のうちに、一度二度は必ず顔面を掠めて通る感じではないだろうか。 若い女性たちの口許に、同じような表情が浮ぶ時も多く見かける。 ・・・ 宮本百合子 「その源」
・・・どんな文学者でも、その作家が真率な生活感情と時代感覚をもっていれば、その相剋は作品にも歴然とあらわれたし、その生死にもかかわって来ていた。透谷、二葉亭、独歩、漱石、鴎外、芥川龍之介、有島武郎、小林多喜二などの例が、それぞれの形で、この事実を・・・ 宮本百合子 「誰のために」
・・・若くて真率な、何故? という問いこそ、その人自身を成長させる原動力だし、社会をすすめてゆく潜勢力ではないだろうか。 若い女性たちが、来年の春、おそらくは未曾有の数で職業についたとき、そして、半年か一年か経過したとき、その娘さんたちの心に・・・ 宮本百合子 「働く婦人の新しい年」
・・・己はあの床の間の前にすわって、愉快に酒を飲んでいる。真率な、無邪気な、そして公々然とその愛するところのものを愛し、知行一致の境界に住している人には、はるかに劣っている。己はこの己に酌をしてくれる芸者にも劣っている」 こう思いつつ、頭を挙・・・ 森鴎外 「余興」
出典:青空文庫