・・・「ほら、真白い長いドレスを着た令嬢が、小さい白い日傘を左手に持って桜の幹に倚りかかっている画があったでしょう? あれは、令嬢かな? マダムかな? あれはね、ルノアルの二十七八歳頃の傑作なのですよ。ルノアル自身のエポックを劃したとも言われ・・・ 太宰治 「リイズ」
・・・そういう時に、口からはなした朝日の吸口を緑色羅紗の卓布に近づけて口から流れ出る真白い煙をしばらくたらしていると、煙が丸く拡がりはするが羅紗にへばり付いたようになって散乱しない。その「煙のビスケット」が生物のように緩やかに揺曳していると思うと・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・ 彼は、真白い、二つ積ねの枕の上に仰向いたまま云った。「一年に一度でも二度でも今日は上れませんと云え。奥さんだって行く気はないんだ」 扉の把手を握ったまま、れんはあわてて二三度腰をかがめた。「はい。はいはい」 扉をしめな・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・ところがある日シャロット姫がいつものように鏡を見ながら機を織っていたら、鏡の面をチラリと真白い馬に跨った騎士の影が掠めた。シャロットの姫がはっとしてその雄々しい騎士の影に眼を見張った途端に鏡はこなごなにくだけ、もう決してその騎士に会うことは・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・ 私は、七歳で、真白い紙の端に墨の拇印をつけながら、抓んで半紙を御飯台の上に展げた。母は、傍から椎の実筆を執り池にぽっとりした! 岡でくるくる転して穂を揃えた。その筆を持って、小さく坐っている私の背後に廻った。「さあ筆を持って。――・・・ 宮本百合子 「雲母片」
・・・ 意味ありげな顔つきをしている癖に、こういう場面に全く馴れない妹は何も云えず、母親は母親で、やはり気持のはけ口を求め、神経的に真白い足袋の爪先をせわしく動かしている。――心配をしているのは真実なのだが、彼等は、はっきり私の側に立って、た・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・山茶花といえば大抵ほんのり花びらが赤いものですが、真白い山茶花が咲いていた小さい庭を覚えていらっしゃるでしょうか。 パリといえば緑郎から昨日八ヵ月かかって手紙が来ました。フランス語でない切手がはられて、二つのセンサーを通って。結婚の話が・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ モスクワはモスクワとして、歴史的な美しい寺院のいろいろな円屋根を真白い厳寒の中にきらめかせればよい。そして、ストラスナーヤ僧院の城砦風な正面外壁へ、シルク・ハットをかぶった怪物的キャピタリストに五色の手綱で操縦される法王と天使と僧侶との諷・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・ 何となし、すきまだらけの景色の中に、運動場つきの小屋の中で菜をたべて居るレグホンの真白い体と、火の様な「とさか」が抜け出して美くしい。 鳥をねらって来る野良猫が、足をどろだらけにして、尾をすぼめてノソノソといやな眼をして通って行く・・・ 宮本百合子 「霜柱」
・・・ 飛ぶものは雲ばかりなり石の上 芭 蕉 石の碑が見えるところまで来ると、詮吉は真白い手巾を出して鼻を覆うた。「ここより、却って来るまでの方が臭かったわ」「そう?……いや臭い臭い」 詮吉は一旦はなした手巾をまた・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
出典:青空文庫