・・・始めは背をまげて聞いていたのが、いつの間にか腰を真直に体をのばして、六金さんが「浅間の上」を語り出した時分には、「うらみも恋も、のこり寝の、もしや心のかわりゃせん」と云うあたりから、目をつぶったまま、絃の音にのるように小さく肩をゆすって、わ・・・ 芥川竜之介 「老年」
・・・両足を揃えて真直に立ったままどっちにも倒れないのを勝にして見たり、片足で立ちっこをして見たりして、三人は面白がって人魚のように跳ね廻りました。 その中にMが膝位の深さの所まで行って見ました。そうすると紆波が来る度ごとにMは脊延びをしなけ・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・心細いほど真直な一筋道を、彼れと彼れの妻だけが、よろよろと歩く二本の立木のように動いて行った。 二人は言葉を忘れた人のようにいつまでも黙って歩いた。馬が溺りをする時だけ彼れは不性無性に立どまった。妻はその暇にようやく追いついて背の荷をゆ・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・お母さんは少しだるそうな眼をして、にこにこしながら僕を見たが、僕を見ると急に二つに折っていた背中を真直になさった。「八っちゃんがどうかしたの」 僕は一生懸命真面目になって、「うん」 と思い切り頭を前の方にこくりとやった。・・・ 有島武郎 「碁石を呑んだ八っちゃん」
・・・ 同時に真直に立った足許に、なめし皮の樺色の靴、宿を欺くため座敷を抜けて持って入ったのが、向うむきに揃っていたので、立花は頭から悚然とした。 靴が左から……ト一ツ留って、右がその後から……ト前へ越すと、左がちょい、右がちょい。 ・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・……が、底ともなく、中ほどともなく、上面ともなく、一条、流れの薄衣を被いで、ふらふら、ふらふら、……斜に伸びて流るるかと思えば、むっくり真直に頭を立てる、と見ると横になって、すいと通る。 時に、他に浮んだものはなんにもない。 この池・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・ とて清しい目をみはり、鉄瓶の下に両手を揃えて、真直に当りながら、「そんな事を言うもんじゃありません。外へといっては、それこそ田舎の芝居一つ、めったに見に出た事もないのに、はるばる一人旅で逢いに来たんじゃありませんか、酷いよ、謹さん・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・子供の為めには自分の凡てを犠牲にして尽すという愛の一面に、自分の子供を真直に、正直に、善良に育てゝ行くという厳しい、鋭い眼がある。この二つの感情から結ばれた母の愛より大きなものはないと思う。しかし世の中には子供に対して責任感の薄い母も多い。・・・ 小川未明 「愛に就ての問題」
・・・西の山懐より真直に立ちのぼる煙の末の夕日に輝きて真青なるをみつめしようなり。「紀州は親も兄弟も家もなき童なり、我は妻も子もなき翁なり。我彼の父とならば、彼我の子となりなん、ともに幸いならずや」独語のようにいうを人々心のうちにて驚きぬ、こ・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・されば路という路、右にめぐり左に転じ、林を貫き、野を横ぎり、真直なること鉄道線路のごときかと思えば、東よりすすみてまた東にかえるような迂回の路もあり、林にかくれ、谷にかくれ、野に現われ、また林にかくれ、野原の路のようによく遠くの別路ゆく人影・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
出典:青空文庫