・・・嘘も、嘘も、真赤な嘘ですよ! 使 真赤な嘘? そんなことはまさかないでしょう。 小町 では誰にでも聞いて御覧なさい。深草の少将の百夜通いと云えば、下司の子供でも知っているはずです。それをあなたは嘘とも思わずに、……あの人の代りにわた・・・ 芥川竜之介 「二人小町」
・・・顔を真赤にした金三は良平の胸ぐらを掴まえたまま、無茶苦茶に前後へこづき廻した。良平はふだんこうやられると、たいてい泣き出してしまうのだった。しかしその朝は泣き出さなかった。のみならず頭がふらついて来ても、剛情に相手へしがみついていた。 ・・・ 芥川竜之介 「百合」
・・・風に向った二人の半身は忽ち白く染まって、細かい針で絶間なく刺すような刺戟は二人の顔を真赤にして感覚を失わしめた。二人は睫毛に氷りつく雪を打振い打振い雪の中をこいだ。 国道に出ると雪道がついていた。踏み堅められない深みに落ちないように仁右・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
ポチの鳴き声でぼくは目がさめた。 ねむたくてたまらなかったから、うるさいなとその鳴き声をおこっているまもなく、真赤な火が目に映ったので、おどろいて両方の目をしっかり開いて見たら、戸だなの中じゅうが火になっているので、二・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・……顔を倒にして、捻じ向いて覗いたが、ト真赤な蟹が、ざわざわと動いたばかり。やどかりはうようよ数珠形に、其処ら暗い処に蠢いたが、声のありそうなものは形もなかった。 手を払って、「ははあ、岡沙魚が鳴くんだ」 と独りで笑った。・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・ 綺麗さも凄かった。すらすらと呼吸をする、その陽炎にものを言って、笑っているようである。 真赤な蛇が居ようも知れぬ。 が、渠の身に取っては、食に尽きて倒るるより、自然に死ぬなら、蛇に巻かれたのが本望であったかも知れぬ。 袂に・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ 民子は年が多いし且は意味あって僕の所へゆくであろうと思われたと気がついたか、非常に愧じ入った様子に、顔真赤にして俯向いている。常は母に少し位小言云われても随分だだをいうのだけれど、この日はただ両手をついて俯向いたきり一言もいわない。何・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・女は箱の中から、真赤な蝋燭を取り上げました。そして、じっとそれに見入っていましたが、やがて銭を払ってその赤い蝋燭を持って帰って行きました。 お婆さんは、燈火のところで、よくその銭をしらべて見ますと、それはお金ではなくて、貝殻でありました・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
・・・それは気味わるかったが、広々と開けた場処へ出て、みんなで、もぎとって来た、針の先でつゝいたような白い点々のある、真赤の実を食べた、そのうまかったことと、青い、青い、田園の景色を忘れることができません。 この話は、初期のころの作品、「・・・ 小川未明 「果物の幻想」
・・・と渋くったが、見ると、お上さんは目を真赤に泣き腫らしているので、小僧は何と思ったか、ひどく済まないような顔をしてコソコソと二階へ上って行く。「医者のあの口振りじゃ、九分九厘むつかしそうなんだが……全くそんなんだろうか」と情なさそうに独言・・・ 小栗風葉 「深川女房」
出典:青空文庫