・・・文学趣味のある彼女は豹一の真赤に染められた頬を見て、この少年は私の反撥心を憎悪に進む一歩手前で喰い止めるために、しばしば可愛い花火を打ち上げると思った。なお、この少年は私を愛していると己惚れた。それをこの少年から告白させるのはおもしろいと思・・・ 織田作之助 「雨」
・・・古座谷某が最高学府に学んだ云々はあれは真赤な嘘だ。最高学府なんぞ出たからとて、べつだん自慢にも、世渡りのたしにも、……ことに今になっては……ならぬ故、どうでもよいことだが、しかし、まあ誤謬だけは正して置こう。実は、おれは中等学校へは二三年通・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・彼は顔を真赤にして、テーブルの上にのしかかるように突立って、拳固を振廻さないばかしの調子で、呶鳴りだしたのだ。私たちはふたたび椅子に腰をおろし始めた。そして偶然のように、笹川一人が、テーブルの向う側に置かれていた。「いや、そう言われると・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・お源はサと顔を真赤にして狼狽きった声を漸と出して「お宅ではこういう上等の炭をお使いなさるんですもの、堪りませんわね」と佐倉の切炭を手に持ていたが、それを手玉に取りだした。窓の下は炭俵が口を開けたまま並べてある場処で、お源が木戸から井戸辺・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・「どうするものか真赤な顔をして逃げて去って了うた、それから直ぐ東京を出発て何処へも寄らんでずんずん帰って来た」「それは無益ませんでしたね、折角おいでになって」と校長はおずおずしながら言った。 先生の気焔は益々昂まって、例の昔日譚・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・なお黙ってはいたが、コックリと点頭して是認した彼の眼の中には露が潤んで、折から真赤に夕焼けした空の光りが華はなばなしく明るく落ちて、その薄汚い頬被りの手拭、その下から少し洩れている額のぼうぼう生えの髪さき、垢じみた赭い顔、それらのすべてを無・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・ すると、一緒にめしを食っていた女の人が、プッと笑い出して、それから周章てゝ真赤になってしまった。 俺はそれをひょいと思い出したのだ。すると、急にその女の同志に対する愛着の感じが胸をうってきた。その女の人は今どうしているだろう? つ・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・水ぎわにちらほらと三葉四葉ついた櫨の実生えが、真赤な色に染っている。自分が近づけば、水の面が小砂を投げたように痺れを打つ。「おや、みんな沈みました」と藤さんがいう。自分は、水を隔てて斜に向き合って芝生に踞む。手を延ばすなら、藤さんの膝に・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・それでとうとう鬚を剃るのをやめて、その代りに、栗の殻を真赤に焼かせて、それで以て、娘たちに鬚を焼かせ焼かせしました。 或日彼は、アンティフォンという男に向って、真鍮はどこから出るのが一番いいかとたずねました。すると、アンティフォンは、・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・と言って、顔を真赤になさいました。もう、名刺を、友人や先輩、または馴染の喫茶店に差し上げてしまっていたのです。印刷所の手落ちでは無く、兄がちゃんと UMEKAWA と指定してやったものらしく、uという字を、英語読みにユウと読んでしまうことは・・・ 太宰治 「兄たち」
出典:青空文庫