・・・地下の百姓を見てもすぐと理屈でやり込めるところから敬して遠ざけられ、狭い田の畔でこの先生に出あう者はまず一丁前から避けてそのお通りを待っているという次第、先生ますます得意になり眼中人なく大手を振って村内を横行していた。 その家は僕の家か・・・ 国木田独歩 「初恋」
・・・またそこに死んでいるむすめをなつかしそうに打ち見やる、大きなやさしい母らしい目もありまして、その眼中にはすき通るような松やにの涙が宿って、夕日の光をうけて金剛石のようにきらきら光っていました。「そこにいるお嬢さんはねむっていらっしゃるの・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・女など眼中になかったのです。ただ、おのれのロマンチックな姿態だけが、問題であったのです。 やがて夢から覚めました。左翼思想が、そのころの学生を興奮させ、学生たちの顔が颯っと蒼白になるほど緊張していました。少年は上京して大学へはいり、けれ・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・当時若々しい希望に満ちて理想のほか何物も眼中になかった叔父と、そろそろ家庭以外の世界に目をあけかかった感受性に富んだ甥との間には、夢のような美しい空想の国が広がっていた事であろう。 つまりどこか気が合っていたものと見える。南国の炎天に写・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・ 生涯の大勢は構わないその日その日を面白く暮して行けば好いという人があるように、芝居も大体の構造なんか眼中におく必要がない、局部局部を断片的に賞翫すればよいという説――二宮君のような説ですが、まあその説に同意してみたらどんなものでしょう・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・だから比例だけを眼中に置いてマーチャント・オブ・ヴェニスを読むものは必ず失敗の作だと云うだろう。マーチャント・オブ・ヴェニスはこの点から読むべきものでないと云う事がわかる。また沙翁を引き合に出す。オセロは四大悲劇の一である。しかし読んでけっ・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・衣食問題などは丸で眼中に置いていない。自分はこれに敬服した。そう言われて見ると成程又そうでもあると、其晩即席に自説を撤回して、又文学者になる事に一決した。随分呑気なものである。 然し漢文科や国文科の方はやりたくない。そこで愈英文科を志望・・・ 夏目漱石 「処女作追懐談」
・・・こういうと私が酒や女をむやみに推薦するようでちょっとおかしいが、私の申上げる主意はたとい弊害の多い酒や女や待合などが交際の機関として上流の人に用いられるのでも、人間は個々別々に孤立して互の融和同情を眼中に置かず、ただ自家専門の職業にのみ腐心・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・「学位令の解釈上、学位は辞退し得べしとの判断を下すべき余地あるにもかかわらず、毫も小生の意志を眼中に置く事なく、一図に辞退し得ずと定められたる文部大臣に対し小生は不快の念を抱くものなる事を茲に言明致します。「文部大臣が文部大臣の意見・・・ 夏目漱石 「博士問題の成行」
・・・でも、専ら西洋流の文明開化に倣わんとして怠ることなく、これを欣慕して二念なき精神にてありながら、独りその内行の問題に至りては、全く開明の主義を度外に放棄して、純然たる亜細亜洲の旧慣に従い、居然自得して眼中また西洋なきが如くなるの一事なり。元・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
出典:青空文庫