・・・ 渠は前途に向かいて着眼の鋭く、細かに、きびしきほど、背後には全く放心せるもののごとし。いかんとなれば背後はすでにいったんわが眼に検察して、異状なしと認めてこれを放免したるものなればなり。 兇徒あり、白刃を揮いて背後より渠を刺さんか・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・に依る民衆の幸福の可能性を懐疑し、まず民衆の啓蒙に着眼しました。またかつて私たちの敬愛の的であった田舎親爺の大政治家レニンも、常に後輩に対し、「勉強せよ、勉強せよ、そして勉強せよ」と教えていた筈であります。教養の無いところに、真の幸福は絶対・・・ 太宰治 「返事」
・・・これは甲と乙とで着眼点がちがうためだと云えばそれまでである。すなわち甲にとってはAとBとの二人の顔の中で、例えば眼だけが注意の焦点となるのに、乙には眼はそんなに問題にならないで口許が特に大切な特徴となって印象される、という場合がそれである。・・・ 寺田寅彦 「観点と距離」
・・・しかし、だれか一人のパイオニアーがその現象に着眼して山開きのつるはしをふるって登山道がつき始めると、そうすると、始めて我れも我れもとそのふもとに押しかけるようになるのである。これも科学的ジャーナリズムの発達のおかげで世界じゅうの学者の研究が・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・ いずれも皆、国の文明のために重大なる事件にして、学者のこれに着眼するは祝すべきことなれども、学者はただこれに眼を着し、これを議論に唱うるのみにして、その施行の一段にいたりては、ことごとくこれを政府の政に托し、政府はこの法をかくの如くし・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・これすなわち我が輩の着眼、皇漢洋三学の得失を問わず、ひとり洋学の急務なるを主張するゆえんなり。 願くは我が旧里中津の士民も、今より活眼を開て、まず洋学に従事し、自から労して自から食い、人の自由を妨げずして我が自由を達し、脩徳開智、鄙吝の・・・ 福沢諭吉 「中津留別の書」
・・・これらの時に当たっては夫婦一対に限らず、一夫衆婦に接し、一婦衆男に交わるも、木石ならざる人情の要用にして、臨時非常の便利なるべしといえども、これは人生に苦楽相伴うの情態を知らずして、快楽の一方に着眼し、いわゆる丸儲けを取らんとする自利の偏見・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・ せまい、個人的なまとまりよさだけを眼目とする躾は、社会全体の幸福を目ざす、大きい着眼点に移されなければなりません。 愛の躾は、社会に対する愛と識見の、よりひろい土台の上に立てられるべきであろうと思います。〔一九四六年四月〕・・・ 宮本百合子 「新しい躾」
・・・ 私は、こうした着眼点を知って、徳田さんの人間的感覚に改めて注目した。徳田さんの意味する愛情は、女対男の限られた範囲のものではなく、女の生活全面に配られるべき人間らしい思いやり、方策、現実的な援助としての愛情を、日本の婦人は実に貧寒にし・・・ 宮本百合子 「熱き茶色」
・・・ 一つの着眼であると思われたが、作家は何の力によって成長展開するかという前途多難な課題の内からみると、あの三通りのそれぞれ一風変った名の持主たちの出現と存在とは、さらに一歩を深めて、それぞれの作家がその精神のうちにもって生きている人及び・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
出典:青空文庫